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東周列国 戦国編 第四集(1)

 もう一人の孫子と呼ばれることもある孫臏の物語。

 衛鞅が変法によって秦を強国に変えようとしていた頃、魏には龐涓という将軍がいた。彼は天下の奇才、鬼谷子の弟子であり天才的な軍略家であったため、周囲の国は彼を怖れ、彼に対抗するために、同様に鬼谷子の門下である孫臏を自軍に迎え入れようと、鬼谷に使者を出していた。しかし鬼谷には既に龐涓が孫臏を迎えにきていた。協力して魏の為に働く決意を師である鬼谷子に報告する二人だったが、意外な事に師は二人に別々の道を進むように勧める。だが、孫臏を招き入れようとする龐涓の決意は固く、血の誓いを立てて同じ道を進むことを宣言する。

 こうして魏に仕えることになった孫臏を、さっそく上将軍としてとりたてるように国王に訴える龐涓だったが、国王である恵王は、数々の功績を立てた龐涓を無視して実績のない孫臏を上将軍とすることは出来ないと難色を示す。結局、上将軍には龐涓が選ばれるが、これを不服とした龐涓は再度、孫臏を取り立てるように直訴する。恵王は妥協案として孫臏を客将軍とするという提案をし、龐涓もようやく引き下がったが、孫臏はそれをも辞し、龐涓の食客として補佐する道を選ぶのだった。

 こうしてうまく収まったかのように見えたのだが、自分に異を唱えてくる孫臏の存在を疎ましく思い始める龐涓であった。そして、龐涓は三晋統一を掲げてまず韓を討つことを計画する。だが、力をつけ東進の機会をうかがっている秦を警戒する孫臏は中止を訴え、他の将軍達も孫臏の意見に賛同した。しかし、龐涓は半ば強引に韓攻撃を実行に移すのだった。龐涓の元に招かれながら意見を受け入れてもらえず、韓攻略にも同行できなかった孫臏は嘆き、いっそ龐涓と別れて他国に行くことも考えるのだったが、秘かに彼を慕うようにになっていた龐涓の妹・龐英に思いを打ち明けられ、思いとどまるのであった。
 そして怖れていた通り、魏軍の精鋭が韓討伐で不在の魏に、秦が侵攻してきた。慌てて軍を呼び戻そうとする恵王だったが、急場のことで間に合いそうもない。しかしこのとき、留守を預かる孫臏が奇策をもって新軍を撃退する。
 かねてから龐涓の傲慢な性格を苦々しく思っていた恵王は、この一件で孫臏の才能を評価し、龐涓に代えて孫臏を上将軍にしようと考える。この話を聞かされた龐涓は、自らが弟弟子に及ばないことを常日頃意識させれていることもあって、激しく嫉妬するのであった。

 一方の孫臏は、このまま上将軍となることを受けたら龐涓に申し訳が立たないと、龐英と二人でつつましく暮らそうとまで考えるのだが、そこに現われた龐涓は、二人の結婚式を盛大に行おう、と言って孫臏を引き止めた。
 そしてある日、龐涓の屋敷の外で、孫臏の故郷である斉の民謡を謳う商人が現れる。彼は孫臏の兄の友人・丁乙と名乗り、孫臏の兄が重病だといって孫臏に兄からの手紙を渡す。それを聞いた孫臏は、幼い頃に自分を育ててくれた兄に報いるため、斉に帰国することを強く願うのだった。

 だが、これは孫臏を陥れるための龐涓の陰謀だった。現在・魏と交戦状態にある斉に戻るように仕向けることで、孫臏の失脚を狙ったのである。更に、兄に合うために帰国したい、と綴った孫臏の手紙を、故郷に帰って斉のために尽くしたい、というものにすり替え、口封じのために丁乙も殺してしまうのだった。

 度量の広い兄貴分、だと思い込みたがっている龐涓だが、多くの人に見抜かれているように傲慢な性格。そして孫臏は控え目ながら筋の通らない話には意見をせずにはいられない、そして、あきらかに兄弟子よりも秀でている。確かにこの二人が一緒に事業を興すのは難しそうである。さすがに師匠はよく見ていたとも言えるが、ある程度二人を知っていれば誰でも予想はついたような気もする。
 それはともかく鬼谷先生がカッコいい(笑)
 
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Comment

No title

>それはともかく鬼谷先生がカッコいい(笑)
チェックしてるポイントが一緒だし…(^^;
なんかあそこだけちょっと世界が変ですよね(笑)

2008.08.15 (Fri) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>あそこだけちょっと世界が変
兵法の修行っていったいどんなことをするんだろう? と気になりました(笑)

2008.08.16 (Sat) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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