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東周列国 戦国編 第三集(3)

 あくまでも我が道を行く人。

 魏は秦との和睦のために恵王が孝公に会見に赴く。孝公に同行した衛鞅は幼なじみだった魏の公子坙と再会し、魏に残してきた恋人の韓女のことを訊ねる。すると公子坙は、彼女が恵王の養女となり、さらに孝公に献上しようとしていると答えるのだった。驚く衛鞅に、公子坙は他にも美女を連れてきているので、彼女が見初められないうちに下賜してもらうように孝公に願い出るように勧める。慌てて孝公の元に向かう衛鞅だったが一歩遅く、孝公は韓女を妃として見初めてしまっていた。

 だが、新法による改革は着々と進み、秦は強大化していく。再び魏との戦争が起り、姫娘の息子・烏丑は、戦功を上げて自分と母の身を奴隷から解放しようと兵士として戦いに赴く。だが、結局手柄を挙げることが出来ずに戦死してしまう。その知らせを聞いた衛鞅は、姫娘の元に赴き、烏丑が戦功を上げずに戦死したことを伝える。そして絶望する姫娘を前にして何もできない自分を嘆くのだった。

 やがて韓女と孝公との間に子供が産まれ、その子も成長して師を選ぶ時期がやってきた。韓女は衛鞅を師に招こうと景監に打診するが、景監は衛鞅のような人間は師には向かないと、趙良を推薦する。ところが、その趙良は、一度に七百人という処刑者を出すような、あまりに過激な衛鞅のやり方についていけず、国に帰ろうとしていたところだった。
 そして、太子や公子虔もまた衛鞅に不満を抱いていた。だが、公子虔は国王の信任を得ており、かつ彼に代わる人材もいない今、衛鞅に逆らう時期ではないと動かずにいた。

 衛鞅の新法の元、秦の国力は日増しに高まっていったが、肝心の衛鞅自身は、育ての母に報いることもできず、義理の弟は戦死してしまい、恋人だった韓女は別の男の妻となり、何一つ報われていない。既に宰相の地位にある衛鞅だったが、これではまるで自分の作った法の奴隷のようだと自嘲する。だが、それでも改革をやめることは出来ないのであった。

 そして再び魏との戦争が始まる。敵の将軍が幼なじみの公子坙であることを知った衛鞅は、彼を呼び出して監禁してしまおうと計るが、魏軍からは変わりの人質を要求される。それを聞き、長年衛鞅に従ってきた孟蘭皐が、自ら人質に名乗り出るのであった。

 自分の理想に近づけば近づくほど、自分自身は孤独になっていくという衛鞅。彼をそこまで駆り立てるのは単純な出世欲とかではないんだろう。法家としての思想に準じたということなんだろうか。公子虔が語った”王者の孤独”というのはむしろ衛鞅にこそふさわしいような気がする。
 法治を理解してくれていた趙良が去り、ますます孤立を深めることになるわけで、いまや王からの信頼だけが唯一のよりどころという、非常に危ないところにいるわけだが、このまま幼なじみである公子坙をも裏切って更に一人になっていくんだろうか?
 
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Comment

No title

なんかだいぶ進行が早くなってるような…(^^;

>いまや王からの信頼だけが唯一のよりどころ
あんまり脈絡がない話なんですが、
私の場合、「尋秦記」を鑑賞したのってこっちを観た後だったんですよね。
だから最初の烏家堡の辺りでの奴の気に入られっぷりが、まさにこのパターンだよな~というか(^^;
まああっちは逆にフィクションならではの強みってのを活かして
普通ならこういう悲劇になっていくパターンを打ち破ることができたというのも
あるかも知れませんが…

2008.08.15 (Fri) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>だいぶ進行が早くなってる
いやー、夏休みですから(笑)

>最初の烏家堡の辺りでの奴の気に入られっぷりが、まさにこのパターン
そういやそうでした(笑) 奴もまた当時の人たちから見たら異端でしたし(^^; 結構リスキーだったのか。

2008.08.16 (Sat) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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