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東周列国 戦国編 第三集(2)

 しきたりを変えるとなると簡単には進まないわけで。

 国王の信任を得て改革を進めようとする衛鞅の元に、彼を支持した老臣・趙良が現れ、衛鞅を助けるべく弟子の孟蘭皐を配下に付ける。だが、人の反発を受けないようと釘も刺していくのだった。
 そして、新法が公布された日、法を遵守する証として、材木を運んだものに賞金五十両を支払うと宣言する。これは、国王が約束したことは必ず守る、ということを示すために行われたデモンストレーションだった。前代未聞の試みと賞金の大きさに皆がしり込みする中、烏丑という男が材木を運ぶ。賞金を渡そうとする衛鞅に対して、賞金はいらないから奴隷の身から解放してくれ、と訴える烏丑だったが、それには戦功を立てる必要があると言い、賞金だけを渡すのだった。

 さて新法では、これまでと異なり貴族に対する特権を認めておらず、罪を犯せば罰が与えられ、功がなければ降格されることになる。甘龍・公孫賈といった老臣達はこれが不満であった。そして、衛鞅が新法を鼎に彫って宮廷の前に置いた時、公然とこれに反対した。新法を受け入れないものは死刑と宣告されていたため、これに反発した甘龍は捕らえられ処刑されることになってしまった。その知らせを聞いた太子の駟は、処刑をやめさせようとするが、これ自体も違法行為のため罪に問われてしまう。さすがに世継ぎである太子を殺すわけには行かないため、太子の師である公子虔が身代わりに刑を受け、左足を斬られる。

 こうして、新法が施行され、さっそく農作物の収穫が上がるなどの成果が出始める。そしてある日、農地を見回っていた衛鞅の前に、かつて材木を運んで賞金を得た烏丑が現れる。実は彼は衛鞅の育ての親・姫娘の実の息子だったのだ。そして彼に連れられて十八年ぶりに姫娘と再会した衛鞅は、彼女を奴隷の身から解放しようと国王に恩赦を申し出ようとするのだが、孟蘭皐に衛鞅自ら法を破ることは出来たばかりの新法にとって良くない、と諌められてしまう。しかたなく恩赦は断念する衛鞅に、手柄を立てて奴隷から解放されることを誓う烏丑だった。

 一方、太子の身代わりで刑を受けた公子虔だったが、衛鞅の法の正しさは理解していた。だが、秦の将来のために協力を要請してきた衛鞅に対しては、冷たく拒絶するのであった。

 衛鞅がやろうとしていることは、それまで絶対的なものだった忠孝といった価値観よりも、明文化された法を上に置いてそれに従わせよう、というものであるわけで、それだけ反発も激しいわけだ。そして、今のところ全ての反動が衛鞅の元に集まるようになっている。
 甘龍を処刑したのは忠に対する法の優越で、この影響は公子虔の協力を得られない、という形になっているわけだし、姫娘の恩赦を断念する、というのは孝よりも法をが優先するということで、これは直接・衛鞅の身に返ってきている。それでも、後のことを考えればこの改革は正しいんだが、こういうのは難しいね。ただ、こういう人がいないと時代が動かないというのもその通りなんだが。
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Comment

No title

はたから観てる方としては「そこは融通利かせてもいいんじゃない?」とか言いたくなったりもするんですが、それってやっぱり法がすでに当たり前のものとして存在する現代に生きているからこそ、言えることなんですよね(^^;
やっぱり最初が肝心というか。

2008.08.14 (Thu) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>「そこは融通利かせてもいいんじゃない?」
 まあ、あまりに厳格すぎるという感じは受けますよね。なんていうか、時々紀元前のお話だということを忘れちゃいそうになるってところもあるんですが(^^;
 まだまだ統治の技術も思想も、粗削りで極端なところがいっぱいあったってことなんだと思います。

2008.08.14 (Thu) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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