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東周列国 戦国編 第三集(1)

 ひさしぶりに秦が舞台になる。

 魏の公叔座と秦の景監は、魏と秦の国境付近で話している最中に一人の少年と出あう。亥と呼ばれていたその少年には父母はなく、姫娘という女性に育てられていた。少年の才気を見初めた二人は姫娘に会いに行き、彼を養子にとりたいと申し出る。そして公叔座の元に引き取られることになったのだが、親子の情を断ち切るために、公叔座は母代わりの姫娘を殺そうとする。姫娘は自分は未だ死ねないと言い、死ぬ代わりに目を潰すことで息子に二度と会わないという誓いを立てるのだった。

 こうして、公叔座の家臣となり、名を衛鞅と改めた少年は魏に赴き、公叔座の元で学問に励んだ。そして十五年の歳月が流れた。衛鞅は学問は修めたものの使い道を見いだせずにいた、そんなとき。魏は秦との戦いに敗れ、公叔座も重傷を負った。先が長くないと感じた公叔座は、主君の恵王に自分の後継者として衛鞅を推挙する。だが、恵王は全く無名の人物を上げた公叔座をもうろくしたと思い、まるっきり相手にしない。さらに公叔座は、もし登用できないなら、他国に渡って魏の災いになる前に殺すようにとも進言するが、これも恵王は真に受けなかった。
 だが、この話は衛鞅の耳に入る。そして死に際の公叔座に向かって、推挙してくれたことには礼を言うが、魏に忠義は尽くさないことを告げる。その今まで育ててきた労苦をあざ笑うかのような衛鞅の話に衝撃を受けた公叔座は憤死し、それを見届けた衛鞅は魏を離れ秦に向かう。

 秦についた衛鞅は景監を頼る。このころの秦は弱体化し、中原の六国からは後れを取っていた。王である孝公はそれを憂い、改革を行うべく有用の人物を求めていたのだ。その孝公に衛鞅は李悝の示した法による支配を説く。朝臣たちはことごとく反対するが、衛鞅に理ありと見た孝公は変法に踏み切るのだった。

 前の二つのエピソードに続いて、君主による支配の方法がそれまでの礼や徳というものから法へと変っていく流れを描いたものと言えるだろう。ここで強調されてるのは衛鞅のキャラクター。前回登場した李悝は外見は温厚で、角のない人物だったが、こちらはそうではない。李悝の場合は自身の他に翟璜という過激なキャラクターがいたおかげで改革を進めても本人にはしっぺ返しは来なかったのだが、衛鞅はいかにも敵を作りそうな性格である。
 確かに改革期にはこういう人間が必要なのだが、事が済むと悲惨な目にあうことも多いんだよな。
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Comment

No title

>このころの秦は弱体化し
なんか、ご存知かも知れないですが、
これって穆公が亡くなった時に主だった重臣の人たちがみんな後追いで殉死しちゃって、
そのせいで一気にガクッと国力が落ちたダメージからまだ回復してない状態、みたいな感じだそうで…(^^;
気持ちはわかるんですが、いやはや、なんというか…(^^;

2008.08.13 (Wed) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>穆公が亡くなった時に主だった重臣の人たちがみんな後追いで殉死
そうなんですよね。穆公自身はそんなこと望まなかったんじゃないか(いや、ドラマのキャラクターからの印象でしかないんですが(笑))という気もして、なんだかな~、って気持ちになっちゃいます。

2008.08.13 (Wed) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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