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東周列国 戦国編 第一集(3)

 これで一つのエピソードが完結。春秋編の第一集が古い時代の終りと新しい時代の始まりを描いていたのと同じく、旧秩序が崩れ、新しい秩序に取って代わる様を描いていた。しかし、春秋編とはその語り口が全く違っているのが面白い。

 趙襄子は家臣達の制止も聞かず、一人豫譲との決闘に赴く。だが、決闘の場に全く武器を持たずに現れた趙襄子に、武器を持たぬ者は斬れぬと立ち去ろうとする豫譲だった。その豫譲に、自分の”剣”は形を持ったものではなく、民心や国そのものが自分の剣であると言い、自分に仕えて力を貸すように説得する。しかし、古い時代の秩序に従い、忠義の二文字に生きる豫譲は聞き入れることはなく、物別れに終わる。そして、豫譲の、智伯の仇を討つ、という決心は変わることはなかった。

 そんなおり、晋の国王が自分たち公卿を討伐することを斉や周天子に訴えていたことを知った趙襄子たちは、これを機に、晋国王を倒し、趙・魏・韓の三氏で分割し、それぞれが一国の王として立つことを決心する。
 立国する為に祖廟にて祖先を祭っていた趙襄子の様子を窺いに豫譲が来ていた、また、かつて智伯につかえていた者も暗殺の為に祖廟を訪れていた。しかし、好機と見て殺しにかかった暗殺者をなぜか豫譲は制止する。暗がりからの不意打ちは卑怯だと言うのである。あくまでも己のモラルに忠実な男。「臣下になる」と偽りの投降をすれば暗殺もしやすくなると言われるのにそれも拒むのだった。
 既に人心を得ている趙襄子を討つことは、世の人々を全て敵に回すことに等しい。豫譲を案じる仲娥はもう仇討ちをやめるよう説得するのだが、これも豫譲には届かなかった。彼にとっては信義こそ守るべき最大の物、仇討ちを諦めることはそれを捨てることになってしまうのだ。
 そして豫譲は祭りの夜、仮面をかぶってついに趙襄子に肉薄することに成功する。突きつけられた刃に、ここまでか、と観念する趙襄子だったが、豫譲と彼の間に領民達が次々と割って入り、豫譲の前に立ちふさがる。あまりの事態に驚く豫譲は、錯乱したように剣を振るい、しゃにむに趙襄子に襲いかかろうとするが、その剣は彼を案じて駆け寄ろうとした仲娥の命を奪ってしまう。我に返った豫譲は、彼女の遺体を抱え、呆然とその場から立ち去るのだった。

 言葉通り晋を三家で分けあい、自ら立国した趙襄子は周天子に上奏する。既に力で掣肘することは出来ない周天子は、せめて権威を示すことで影響力を保とうとするが、それすらも無視してのける趙襄子だった。結局、趙、魏、韓の三国の独立を認めざるを得なかった。
 
 こうして諸侯となった趙襄子の前に、乞食の姿になって豫譲が襲いかかってきた。もはや死に場所を求めての襲撃だったが、勝者となった趙襄子は殺そうとはしなかった。すると、豫譲は、せめて衣を刺すことで仇を討ちたいと訴え、趙襄子が差し出した衣を刺すと、自らもその剣で自害した。

 冒頭にも書いたように、一つの時代の終りを描くエピソードだった。かつて楚の荘王が軽重を聞いた鼎を、全く価値亡きものとしてあつかう趙襄子。春秋時代には大切にされていた価値観はもはや意味を失ってしまっている。時代の流れと言えばその通りなのだろう。豫譲が貫いていた忠義という価値観も、もはや過去のものとなってしまったのだろう。
 だが、趙襄子とてそれを惜しむ気持ちがあったのではないだろうか? それゆえに、殺す機会は何度も会ったにもかかわらず、彼を許しつづけたのではないかと思う。もっとも、それも彼自身が言っているように「勝者の余裕」がなせる業なのだろうが。この人は豫譲の存在が勝敗に直接関係するような脅威と見なせば、即座に始末する人間だろう。

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Comment

No title

天子を押し立てたりとか、相手を滅ぼすよりも助けることで徳を示して
それが結果的に覇者への道に繋がる…という時代はもう終わっちゃったんですよね。
そもそもそういうのが何で成立してたんだろう?というか、
逆に成立しなくなったのは何故かと考えると、
やっぱりいつの間にか徹底的にやりだす人が出てきて、
それが実際、まかり通るようになっちゃったからってことでしょうか。
もともとが皆の共通認識というか、おやくそくの上で成り立っていたことだったので、
一度それが崩れたら、もう元には戻れないというか。
やっぱり時代の移り変わり、価値観のシフトということを考えると
それを際立たせるためには、改めて、趙襄子の側が主役ってわけには
いかなかったのかも知れませんね。

しかしなんか早くもさくっと1エピソード観終わっちゃいましたね(笑)

2008.08.11 (Mon) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

これからは滅ぼすか滅ぼされるかという熾烈な争いになってくるわけですよね。時代の変わり目を描くという意味で単純に趙襄子の価値観のみを正しいとすることはできなかったんでしょうね。

>なんか早くもさくっと1エピソード観終わっちゃいましたね
なんかDVD1巻あたり1エピソードというのは結構危険かも、という気がしてます(笑)

2008.08.11 (Mon) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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