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東周列国 春秋編 第十七集

 アホな国王と腰巾着、そして真面目な宰相。

 文公無き後、晋の国王を継いだ襄公が早逝してしまい、わずか七歳の君主・霊公が立つことになった。そのため、晋を実質的に治めるのは宰相の趙盾の仕事となった。

 やがて成人した霊公であったが、政治のことは趙盾にまかせっぱなしで、自分はお気に入りの屠岸賈という家臣と一緒に遊びほうけていた。ただのアホならいいのだが、料理人が料理をしくじれば殺してしまうし、弓で鳥や人を撃ったり、力士を集めて戦わせたりと、ろくな遊びをしない。その度に趙盾に叱られては、二度としないと口にするのだがちっとも反省の様子を見せない。
 国事をさぼって遊んでばかりの霊公は、趙盾に叱られて仕方なく朝廷に出ることにしたのだが、不満たらたらである。そこに屠岸賈が趙盾の暗殺を言い出す。
 しかし、二人の雇った刺客は趙盾を襲おうと様子を窺ったところ、彼が本当に国の為に働いていることを知って殺害をとりやめ、趙盾に身辺に注意するように言って姿を消す。

 思わぬ失敗だったが、こりない屠岸賈は、別の策を用いようとする。ようやく朝廷に出てきた霊公は、人払いをして趙盾のみを呼び寄せ、普段忠言してくれるお礼だと言って酒をふるまう。実は、酔わせたところで飼っている犬に襲わせて殺してしまおうとしたのだ。
 だが、この計画も阻まれる。襲われた趙盾を助けて逃がした人間がいたのだ。命拾いをした趙盾は宮廷から逃げ出す。

 趙盾に逃げられた霊公の前に趙盾の甥である趙穿が現れ、なぜか霊公にとり入る。そして、美女狩りをしようと言って霊公を喜ばせ、美女を連れてくる役に屠岸賈を推薦して彼を遠ざけると、自分は霊公と共に遊び始める。そして相撲遊びの時に機会をみつけて霊公を殺してしまう。実は最初からその計画だったのだ。そして趙盾を再び宰相に迎え入れ、新しい王を立てる。
 もどった趙盾は、屠岸賈を捕らえるものの、彼の命乞いを聞いて処刑せずに逃がしてしまう。そして、史官によって”趙盾が王を弑した”と書かれてしまったことに意気消沈してしまい、やがて亡くなった。

 そして再度王が代替わりしたときに、屠岸賈が戻ってきた。彼は歴史書の記述をたてに趙盾の罪を言い立て、趙氏の一族を粛正するように進言する。なんとこれを新王が聞いてしまい、屠岸賈は趙氏の当主、趙朔の家に兵を率いて向かっていった。
 王に睨まれては逃げられない。趙朔は身重の妻を逃がすのが精一杯で、それ以外は、自身を含め一族全て屠岸賈によって粛正されてしまったのだった。

 霊公はただ頭が悪くて躾のなってないガキにしか見えず、”悪人”と呼ぶのもはばかられるレベルである。だがそんなどうしょうもない国王でも死んだ時の趙盾の嘆きは本物であったようだ。趙盾自身は国王を嫌っていたわけでは無く、むしろ愛情を注いでいたのではないのだろうか。なにしろ七歳の時から面倒を見ているのだ。自分の子供のように思っていたとしても不思議では無い。叱っている時にも、なんとなくそんな感じをうけるし、また忠言に感謝する、なんて言われて結構その気になって喜んでいた。
 だからこそ、そんな国王を弑逆した、なんて書かれてしまったことがこたえたんじゃないかな?
 
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Comment

No title

重耳の孫世代なんですが、なんか、やっぱり晋の王族って
重耳一人が傑出してたってだけで、
もともとあんまり出来のほうはよろしくはないんでしょうか(^^;
功臣の一族なのに、屠岸賈にまんまと言いくるめられて大粛清って、
ちょっとありえないですよね(^^;
こういうところからも、王族以外の人物の中から
才能を発揮する人たちが名を上げてくるという流れになっていくのかな~、という感じです。

2008.07.26 (Sat) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>もともとあんまり出来のほうはよろしくはないんでしょうか
なんか重耳の前後を見てるとそう思っちゃいますよね(^^; 一応ずっと大国であったみたいなのですが、王様を見ているとそれほどでもないような。

2008.07.26 (Sat) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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