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東周列国 春秋編 第十四集

 ついに、苦労が報われる時が来た。

 流浪の公子、重耳一行は楚の国に身を寄せていたが、楚の成王こそ歓待したものの、子玉将軍は敵意と警戒心を隠そうとはしなかった。そんなちょっと居心地の悪い日々を過ごしている一行の元に、晋から恵公危篤の知らせが届く。戻って即位をと考えるも、待ち伏せしている恵公派の家臣達のことを考え、まずは秦の穆公をたよることにした。

 その秦では、人質として捉えられてきた太子圉が秘かに脱出して、即位の為晋に向かっていた。人質とはいえ、娘を妻に娶らせたりと、それなりに大事に扱っていた穆公は親子二代にわたる裏切りに面白かろうはずもない。そこで、秦を頼ってきた重耳を次の王としようと考えるのだが、穆公はその前に彼を試すことにした。圉が逃げ出した為に独り身となっていた圉の元妻・懐嬴を重耳に娶らせようというのだ。甥の妻との結婚など冗談じゃないと断ろうとする重耳だったが、伯姫に諭されてやむなく承諾する。穆公としては、何度も裏切られてるから、体面をとるか、秦との姻戚関係を取るかで試したってことなのかな?

 とにかく、これで同盟成立。重耳は秦の力を借りて帰国後即位し、文公となった。晋に残っていた反対勢力も一掃し、六十二歳という高齢ではあったが、遅咲きの重耳にようやく花開く時が来たのだった。

 だが、気がついてみるとずっと苦労を共にしてきた家臣の一人、介子推の姿が無い。彼は報酬目当てに宮中に残っていると思われるのが嫌で、母と共に錦山にこもって隠遁生活を送っていた。それを知った文公は、彼を迎えに錦山にまでやって来るのだが、それでも山を下りてこない介子推に、部下が「火を放てば下りてくるかも」と言い出す。いやいやいや、あんたなにいってんだ(^^; 犯罪者追い詰めてるんじゃないんだから。当然文公は怒って止めるのだが、なぜか本当に火が放たれてしまい。結局介子推は母親と共に焼け死んでしまう。
 文公はこれを悲しみ、錦山を以後介山と呼び、介子推が焼け死んだこの日は、毎年火を使わないで食事をする「寒食節」とすることにした。

 ようやく念願かなって王様になれてめでめでたし、のはずなのに、なんとなく後味の悪い結末になってしまった。実は苦労を共にした仲間というのは、意外と成功した後の方が難しかったりするものではあるけれど。介子推はそういえば、自分の足の肉を使ってみんなの飢えを凌いだ時にも、なかなかそのことを打ち明けようとしなかったし、そういう恩に着せるような人間に見られるのが人一倍嫌いなんだろうと思う。しかし、何もそこまで意地を張らなくても良いような気もするんだが。やっぱり苦労した期間が長すぎたというのもあるかもしれない。

 それにしても、意外と目立たないところで大活躍しているのが穆公の妻にして重耳の妹・伯姫である。秦に百里奚を連れてきたり、恵公が殺されるのを防いだり、そして今回の重耳へのアドバイスと、何気に歴史的な分岐点で重大な方向づけを行なっている。もし彼女が驪姫に殺されていたら、いったい歴史はどのように動いていたのだろうか?
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Comment

No title

やっぱり足肉スープの一件の印象がかなり強烈だったので、
この人の重耳への忠義心というのも、他の人に比べても印象深かったんですよね。
ようやく念願かなって、さあこれから、って時にこうなってしまうのは、
なんとも物悲しいというか…
他の人たちの変化もそうなんですが、これからお祭り本番が始まるのに、
同時に別のお祭りが終わってしまったような感覚があります。


>もし彼女が驪姫に殺されていたら、いったい歴史はどのように動いていたのだろうか?
試しに考えてみました。
1、伯姫は殺されたので秦へ嫁入りしない
2、百里奚は秦へ連れて行かれない
3、秦の国力底上げがない
4、晋献公没後の勢力争いでは夷吾と重耳が候補になるが、
  重耳は辞退するので夷吾が王になる
5、やがて穆公vs夷吾の戦いが勃発するも
  夷吾の処刑を止める伯姫がいないから、そのまま晋滅亡?
5"、でもそもそも3がないと、攻めてきた夷吾の晋軍に勝てない??

こんがらがってきました@@
単純に考えられるのはこの辺まででしょうか。
まああくまでドラマの内容だけから考えたことなので実際はまた別だとは思いますが…
意外と見た目上はそこまで大きくは変わっていないようにも見えます。
でもたぶん、2&3があるかどうかという点で
長期的に見るとだいぶ差が出てくるのかも知れませんね。

2008.07.23 (Wed) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>これからお祭り本番が始まるのに、
>同時に別のお祭りが終わってしまったような感覚
そうなんですよね。やはり十九年というのは長すぎたんでしょうね。

>意外と見た目上はそこまで大きくは変わっていないようにも見えます。
そうかもしれません。ただ、秦と晋の間はずっと険悪だったんじゃないかとも思いますし、長期的にはかなり違ってくるのだろうと思います。

2008.07.23 (Wed) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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