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東周列国 春秋編 第九集

 これで三枚目のディスクが終り。そろそろ三分の一か。振り返ってみると結構な長さの時の流れを見てきたことになる。
 

 恒公の没後、斉では後継者争いが発生し、宋の襄公は国外に逃亡していた公子昭を即位させることでこの争いを収めた。これで何を勘違いしたのか、恒公の後を継いで覇者となるのは自分だと思い込んだ襄公は、早速諸国を集めて同盟を結ぼうとするが、今の宋の実力では集まってくるのは小国ばかり、それすらまとめきれないというていたらくであった。そこで、南方で力をつけてきた楚の力を借りて諸侯を集めようと、まずは斉・楚の三国で同盟を結び、次に宋に諸侯を集めての会盟を計画した。
 計画はうまく進んでいるかのように見えたが、先だっての会盟の場での楚王の態度に不穏なものを感じた公子目夷は、兵を率いて会盟に望むように進言する。しかし、自ら非武装での集会を提案したとあっては面目が立たないと襄公はとりあわなかった。
 はたして会盟の日、いきなり楚王は態度を一変、自ら盟主の座につくと、従者に見せかけていた兵を使って財宝を奪い、襄公も捉えてしまう。こんなことなら公子の言うことをちゃんと聞いておくんだった、と激しく後悔する襄公だったが後の祭。

 逃げ帰った公子を追った楚軍は、襄公を人質にとって開城を迫るが、城を守る家臣達に「新王を立てたから、その人いらない」と言われてしまう。これには楚軍も退くしかなかったが、襄公も大ショック(^^;
 襄公を殺して中原全体を敵に回すことは避けたい楚王の思惑と、遅れて会盟にやって来た魯候のとりなしもあったおかげで、なんとか解放される襄公だったが、迎えにやって来た公子目夷達を見ておかんむり。「家出してやるー」とすっかり拗ねてしまう。だが、国を救う為に仕方なくという公子達の説明を聞き、何よりみんなして迎えにきてくれたことにすっかり機嫌を直し、お家に帰ることにした(なんか文章がおかしくなっているような気がするが、気にしてはいけない)

 しかし、解放されたとはいえ、会盟を目茶苦茶にされた恨みは深く、復讐するべくまずは楚の同盟国である鄭に攻め込む。そして救援にやって来た楚軍との戦いになる。川を挟んで対峙する両軍。やがて楚軍は攻撃の為に川を渡り始める。この時寡勢の宋軍にとっては最大の勝機であったのだが、攻撃しようとした目夷をなぜか襄公は止める。渡河途中の敵を討つのは卑怯だというのだ。こうして律義に相手が川を渡り終わるまで待って戦いを始めた宋軍は、思った通り惨敗し襄公は笑い者となってしまった。

 確か恒公が行った最初の会盟の時に、格式が下の斉が大きな顔をするのが面白くないと言って帰ってしまったのがやっぱり宋の国だった。結局、その格式にとらわれるあまり、完全に時代から取り残されてしまったのであろう。既に古来からの格式や礼といったものは、それなりの実力の裏付けがなければ何の意味もないものになっていたのだ。その象徴とも言えるのが、かつては蛮族とされていた楚の台頭であったのだろう。公爵の地位など、彼等にとってみれば大した価値もないのだ。それでも、完全に実力主義に取って代わったというわけではない。未だに大義名分としての力は残ってはいるのだ。それが襄公を勘違いさせてしまったのだろう。
 最後まで気がつかなかった襄公はこっけいでもあるし、哀れでもある。しかし、不思議とそれほど悪い印象を持てないのは、この人自身が善人とは言わないまでも、悪辣な人間ではなかったからだろう。命拾いをして諸侯達に礼を言ってまわったり、迎えにきた家臣達を見て泣きそうになってたりするのを見ると、どうしても憎めないのであった(笑)

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Comment

目夷~

宋襄公やっぱり面白いですよね(笑)
全然駄目な人のはずなのに、見てて腹が立つどころか
生温かい笑いがこみ上げてくるというのはすごい(^^;
全編通してもだいぶ好きな人物の一人です。

で、ただ面白い人の話というだけではなくて、
>完全に実力主義に取って代わったというわけではない。
>未だに大義名分としての力は残ってはいるのだ。
こういった時代の転換期ということが
宋襄公を通して絶妙な微妙さで描かれてるんですよね。
対照として、実力主義者の楚の台頭なんかも印象的でした。

2008.07.19 (Sat) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

実際にいたらいたで

色々と言いたくなるかもしれませんが(笑)それでもなんだかんだと見捨てられなさそうな予感が(^^;

>時代の転換期ということが 宋襄公を通して絶妙な微妙さで描かれてる
この辺は本当に巧いですよね。あと今回、楚王って悪役的な位置にあるんですが、こっちもそれほど悪い印象もない。叩き上げの実力者という感じで、襄公との対比が見事です。

2008.07.19 (Sat) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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