しばらく前から知っている産経の
この記事。碧猫さんのところの
エントリーによると更に酷いことになっているようだ。
しかし、今のところ教師による強制どころか、唆しの事実さえ明らかになっていないというのに、日教組だの、サヨク教師だのと妄想街道を突っ走っている人がいるということくらいならもう驚かなくなっている(それもイヤな話であるが)。とはいえ、さすがにこんな物理的な暴力行為が行われているとなっては暗澹たる気持ちにならざるを得ない。
さて、この中で最も愚かと思える言葉がある。
『何らかの大人が糸を引かない限り、172人いて171人が座るなんてあり得ない。』
これに近い言葉は
こちらでも読んでしまって、私としてはあっけにとられてしまったのだが。
この件、生徒達の間でなんらかの申し合わせがあったという可能性は、私もあると思う。そこに教師の意向が入っていたという可能性についても、皆無とは言えない。でも問題はそんなことじゃない。実際に行動を起したのは生徒達であり、最初に確認しなければいけないのは生徒達の意思なり意見だろうが。あなたたちは中学生をなめているんではないのか?
今回のケース、ただ単に起立しなかったのではない、起立した状態から着席しているんだ。その行為が政治的なメッセージを含んでいることを、十五歳の人間が全く理解できていないとでも思うのだろうか? 彼等がこうして送ってきたメッセージに対して、教師による教唆の有無をまず調べるというのはどういう了見なんだろう。お前たちのメッセージなんかまともに受けとるに値しないとでも? それは教育に携わるもののとる態度なのか?
そう、私はこれに似たことが以前にも行われたことを知っている。覚えているだろうか、かつて中学生達が安倍首相に向けて教育基本法改正に対する反対の声明文を出したことがあった。このときの反応がまさにそれだったのだ。
匿名の卑怯者を擁護する人たち(中学生をなめるな)教師/反面教師洗脳なんて必要ない 彼等には中学生がこんな”政治的な主張”をするということは信じられず、すべては共産党の教師による洗脳であると決めつけた。そして、こう決めつけた人は誰一人として、彼女達のした問いかけに答えようとしなかったのだ。
あなたがたは理解できないのだろうか、彼等、彼女達はまさに当事者なのだ。今だ選挙権を行使できる年齢には達していないとはいえ、既にある程度の判断力も情報収集力も備えた。その彼等があげた問いかけに対して、この態度は何だ? なめるのもいいかげんにしてもらいたいものである。