パール判事――もう一つの典型

 昨日放映されていた「NHKスペシャル|パール判事は何を問いかけたのか 〜東京裁判・知られざる攻防〜」を見そびれてしまった。22日の深夜に再放送ということなので覚えておこう。
 実は昨日の夜になって黙然日記さん経由でこちらの記事を知ったのであり、放映しているのを知った時点で間に合わなかったのだけど。本の方は今日購入して読み終わったところである。

 パール判事といえば、自称愛国者の人たちが好んでこの人の言葉を引用して「日本は悪くなかった」という時の根拠にしていたりする。だが、上記の紙屋研究所の書評にもあるように、パール判事は日本の行為を決して肯定してはいない。むしろ、戦犯たちの無罪を主張する時に使ったロジックは、日本の帝国主義をも否定していると考えた方がいいだろう。
 それだけではない、現在彼らが主張しているような九条見直しだとか、対米従属路線(慰安婦に対する謝罪決議案のためにだいぶ揺らいでいるみたいだが)なんてのも批判の対象だろうし、イラク戦争支持なんて、もしパール判事が存命していたら許しがたい行為として激しく批判されたことは間違いない。

 パール判事は「平和に対する罪」と「通常の戦争犯罪」の二種類について、東京裁判で裁かれた戦犯たちに対して無罪を主張しているが、その理由はそれぞれ違う。「平和に対する罪」については戦勝国によって作られた事後法であり、勝者があとから法律を作成して敗者を裁くようなことをすればこの裁判が「勝者による敗者への復讐」と認識されてしまうことを指摘している。これに関しては中島氏はこのように述べている。
それは「戦争に勝ちさえすれば、自分たちの思い通りに裁判を行なうことができる」という誤ったメッセージを世界に敷衍し、その結果、「侵略戦争をしてはならない」という意識よりも、「戦争に負けるとひどい目にあう」という意識だけを高めることになるからである。(中島岳志『パール判事』P.112)

 ゆえに「平和に関する罪」については法廷で犯罪として裁くことはできないとしている。が、これは日本が行なった戦争を肯定するものではない。元になっているロジックは、「戦争=軍事的暴力によっては正義は行なえない」というものであるのだから、「アジア解放のための戦争」などという欺瞞を許してくれるはずがない。
 私がパール判事がイラク戦争を支持しないだろう考えるのも同じ理屈だ。国連による支持も得られずに始められた戦争による解決など、彼が望むはずがないだろう。
 一方で通常の戦争犯罪については、この時点で既に国際法が確立しており、国際法廷で裁くに値するものとしている。さらに、南京虐殺を始めとする戦時中の日本軍による残虐行為、捕虜の虐待については、それらを全て事実と認め、「残虐な非道」「鬼畜な行為」という厳しい評価を下している。
 だが、その上で被告となったA級戦犯容疑者については刑事責任を負わせるに足るだけの証拠が得られず、犯罪の立証ができないとしているにすぎない。そう、パール判事を持ち出して南京虐殺についての責任回避をしようなんてのはまるっきりの的外れ、自爆なのだ。ここにもこちらで述べた歴史修正主義者の議論の一つの典型が見られることがわかるだろう。
3.自分たちの意見に説得力を与えるために、有名な主流派の言葉を断片的に引用する。
 

*パール判事はガンジーの思想を支持する平和主義者であり、日本の平和憲法の支持者でもあった。その一方で共産主義に対しては終始厳しい批判を行なっていた、というのも今回初めて知ったことを付記しておく。

コメント

No title

>「戦争に負けるとひどい目にあう」という意識だけを高めることに

まさに「無かった派」の意識の根底はそうなってしまった様に見えます。

…「平和に対する罪」はともかく。
http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/syougen/nhk_special.htm
パール判事は人道に対する罪で味方してくれることはなさそうですよね。

なかった派に限らず

東京裁判を受け入れている人であっても、
>「戦争に負けるとひどい目にあう」
という意識のほうが高いのが現実じゃないでしょうか? だからといって、あの裁判がまるっきり無意味だったとは思わないんですが。

>パール判事は人道に対する罪で味方してくれることはなさそうですよね。

「平和に対する罪」でも、別に日本の味方だったわけではなく、法の精神が政治権力によって踏みにじられることを拒否したのだと思います。

パール判事に聞いてみたいです

始めまして、
私は、パール判事は自国の警察官にピストルは持たせてなかったのかと?
もしそうだとしたら、日本のような凶悪犯はどのようにして逮捕したのだと?

ガンジーはなぜ、対話で解決しなかったのかと?
そして、自国が核兵器をもつような国になぜなったのかと?

パールは不戦条約(侵略戦争を違法とする条約)を無視したのはなぜか?

私は、彼はイギリスへの恨みを東京裁判で晴らしたかったのではないかと思うのです。
かなり酷い目にあったようですから・・・

そして中国や日本の侵略国に、なぜ非暴力で抵抗しなかったのかと批難しているのだ思うのです。

ガンジーが弱者保護や正当防衛の為に抵抗したのではない事を彼は知ないからです。

はじめまして

ほっと一息さま
 できれば、直接本を読んでもらった方がいいように思いますが。いくつか思うところを。
>私は、パール判事は自国の警察官にピストルは持たせてなかったのかと?
 容疑者を逮捕することと、捕らえた容疑者を裁くことはまた別の話ではないかと思います。

>パールは不戦条約(侵略戦争を違法とする条約)を無視したのはなぜか?
 不戦条約を無視しているわけではなく、パリ不戦条約では侵略戦争や自衛戦争の定義が明確ではないから、「戦争の行使について刑事上の責任を導入することに失敗している」と結論しているそうです。法律によって戦争を裁くということ自体に反対しているのではなく、裁くための法律がこの時点では不充分である、ということのようです。

>そして中国や日本の侵略国に、なぜ非暴力で抵抗しなかったのかと批難しているのだ思うのです。
 これも当たらないと思いますが。パール判事の批判は煉獄国の中でも植民地を持っていた西洋諸国に対して向けられており、侵略を受けたアジア諸国には向かっていなかったように読めました。
(もっとも読んだのはこの一冊だけなので、この本から受ける印象に限ってのことですが)

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うちゃさんへ

とても参考になりました。
特に>パリ不戦条約では侵略戦争や自衛戦争の定義が明確ではない<
の点です。
とすると、国際連盟脱退理由のリットン調査団による日本の侵略行為確定は、考慮されなかったということですね。

>容疑者を逮捕することと、捕らえた容疑者を裁くことはまた別の話ではないかと思います。<
私の主旨は、インドは、国内法も非武装・非暴力思想だったですかね?
と聞いてみたいといっているのです。

そしてパール判事は、その法に従って判決を下していたのですから、武器をもって抵抗してくる凶悪犯の逮捕時に警察が、やむにやまれずピストルや暴力で逮捕した場合、警察を罰したんでしょうかね?
みたいな・・・・

>侵略を受けたアジア諸国には向かっていなかったように読めました。<
そうでしたか。私かなりうがってますから・・・ただ批判はしなくても、明らかに日本に侵略されている中国やアジアに対して、イギリスに侵略されて、その痛みがわかっているはずのパールが、自衛と侵略の線引きあたりを細かく問題化し、侵略された側に立たないのは、不自然ですよね。
それは、一つは抵抗して勝ち取らなかった側も悪い、しかもインドをいじめ植民地化したイギリスになんか泣きついてんじゃないよ。
だから私はなにがなんでもイギリスの判決に反対の判決をする。
それが、日本を過ちを犯した国であるが、責任者は無罪という
不可解な判決になろうと・・・
彼の深層心理を私なりに探ってみました。

彼は極貧な家庭に生まれとのことですから、多分イギリスに属化していなかったとおもわれます。ですから非暴力抵抗までの34年間の過酷な体験やいちかばちの抵抗をさせられたイギリスへの恨みはそう簡単に消えないと思うのです。





とりあえず読んでみてはいかがですか

>私の主旨は、インドは、国内法も非武装・非暴力思想だったですかね?
>と聞いてみたいといっているのです。

それを私に言われても、「存じあげません」としかお答えできません。軍事的暴力の否定までは読み取れましたが、パール判事が警察力に対してどのような見解をもっていたかは判りませんので。(ちなみに私はガンジーもパール判事も”絶賛”などしておりません)

>自衛と侵略の線引きあたりを細かく問題化し、侵略された側に立たないのは、不自然ですよね。
線引きを細かく問題化したというより、線引きの基準が恣意的に決まってしまうことを問題にしているということです。ちょっと誤解を受けずに説明する自信がないので出来れば直接読んで欲しいのですが、簡単に言ってしまうと、パリ不戦条約は法としての断定力に欠けると考えていたようです。
(例えば、終戦間際のソ連の対日宣戦を自衛戦争というのは相当無理があると思いますが、これは戦勝国側ということで侵略戦争とはされてません。一つの裁判の中で一つの法を使って二つの解釈が成り立ってしまっているということを問題にしてます)

>それは、一つは抵抗して勝ち取らなかった側も悪い、しかもインドをいじめ植民地化したイギリスになんか泣きついてんじゃないよ。
>だから私はなにがなんでもイギリスの判決に反対の判決をする。
>それが、日本を過ちを犯した国であるが、責任者は無罪という不可解な判決になろうと・・・

そこまで言うには、かなりはっきりした根拠が必要と思いますが、正直言って、あなたのあげた根拠だけでは憶測の範囲を超えてないのではないでしょうか?

ほっと一息さん、はじめまして。

以下の学術論文に目を通してみました。
The Other Wighin: The Strange Case of Radhabinod Pal's Judgement on Culpability, Ashis Nandy, New Literary History, 1992
著者のNandyは社会学者で、彼のお父さんはPalとお友達だったそうです。

Palのモラル形成に何が影響したかが説明されていますが、イギリスの植民地支配については述べられていませんでした。むしろ、彼の博士論文や著書のテーマであり続けたヒンズー法の影響が大きいようです。それは、私たちは未来の世代への責任があるという点です。

彼はイギリスに復讐しようなどという後ろ向きの人間だろうと想像するのは、ご本人に失礼ではないかなあと思います。

この論文にご興味がありましたら、コピーを差し上げますのでメールくださいませ。

うちゃさん

>私は、パール判事は自国の警察官にピストルは持たせてなかったのかと>に
容疑者を逮捕することと、捕らえた容疑者を裁くことはまた別の話ではないかと思います<
と返したり
>私の主旨は、インドは、国内法も非武装・非暴力思想だったですかね?
>と聞いてみたいといっているのです。
に対して
>私に言われても、「存じあげません」としかお答えできません<
と自分に聞かれてるととったり、とても読み取る力に欠けてるように思います。

相槌でも打てば良かったのでしょうか?

まさか故人に直接お尋ねできる方とは思いませんので、「聞いてみたい」となど書かれれば、私に答えを求められているのかと思いました。
独り言とは知りませんでした。「なるほど」とでも受けておけば良かったんですかね。

>容疑者を逮捕することと、捕らえた容疑者を裁くことはまた別の話ではないかと思います

こちらは確かに言葉足らずのところはあったでしょうが、説明する気が失せました。

ところで、わざわざ学術論文に目を通してくださったKayさんに対して、何か一言あってもいいんじゃないですか?

うちゃさん、申し訳ありませんでした

>ほっと一息さん

出先のブログコメント欄で問いかけられ自ブログに誘導したブログ主が、誘導された個人が自ブログのコメント欄で「ブログ主の反応を期待していない」独り言を述べているとは解釈しませんよ。

>>私の主旨は、インドは、国内法も非武装・非暴力思想だったですかね?
>>と聞いてみたいといっているのです。
に対して
>>私に言われても、「存じあげません」としかお答えできません<
自分に聞かれてるととったり、とても読み取る力に欠けてるように思います。

を初めとする一連のコメントは、一傍観者からみて首をかしげるものである事を指摘させていただきます。
「パール判事はなぜ全員無罪と判断したのでしょうか?」と疑問を呈されておりましたので考察の参考となる情報がすでに存在するURLをお示ししましたが、なんでも質問コーナーとしてご紹介したつもりはありませんので、ご理解下さい。

なお、今現在は、提示すべきURLがこちらであったと考えています。
http://myu.daa.jp/osiete/index.html

うちゃさん

感想をコメントしては、いけませんかね?

おやおや

私の貧弱な読解力が、あなたの文章をどのように解釈したかをご説明したのですが、どうやらあなたは私の文章から「感想をコメントするな」というメッセージを受け取ったようですね。
さすがに会ったことのない人間の深層心理まで理解してしまうほどの素晴らしい読解力と洞察力をお持ちの人間は違いますね。私、感服いたしました。

でも、ご自身の非礼を咎められている、ということについてはご理解いただけていないご様子。超人的な洞察力を持つほっと一息さんに理解いただけないとなると、どうやら私の文章は判りにくいようですね。大変失礼いたしました。

No title

パール判事は最初から反西欧思想で凝り固まっていた。それはインドを考えれば同情するに足りますが、彼の判決は歪んでいます。

かりにパールが裁判長をヤリ、東京裁判を取り仕切ったら、軍部は無罪、そのまま戦後も残り続けるでしょう。それでOK,のひとは歓ぶ。植民地は戦後も継続するでしょう。

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古井戸さん

おっしゃるとおり、判決文にはパール判事の反西欧の考えが反映されているのは確かだと思います。ですが、その反西欧思想の中心にあるのは帝国主義への批判であり、それゆえに日本の取った帝国主義的行動に対する批判も厳しいものがある、というのがこの本を読んでの私の感想です。

>かりにパールが裁判長をヤリ、東京裁判を取り仕切ったら、軍部は無罪

勘違いしないで欲しいのですが、私は別にパール氏の主張に全面的に賛同しているわけではありません。アジアにも日本国内にも大きな惨禍を残した戦争の責任者が全くお咎め無しでいいとは思えません。
ですが、その一方で、パール氏が指摘したように、東京裁判に対する評価に「勝者による恣意的な復讐」というのが根強くあることを考えると、彼の指摘も無視できないと思うのですよ。(多分にパール氏自身の文章がそれらの評価の根拠になっていることを差し引いたとしても、です)

非公開様

お気遣いと情報どうもありがとうございます。
たぶん、もういらっしゃらないと思うんですけどね(^^;

Palが偏った考えを持っていた可能性もありますが。。。

Nandyの論文には、当時Palが将来の日印関係が良好になるような判断を下すよう駐日インド大使より圧力を受けていた可能性、また他の連合国と比べるとインド人の反日感情は弱かったことが指摘されていました。ですのでPalは偏っていたいう主張もあるでしょうが、それはどんな人間についても言えることでしょう。他国の判事は反有色人種思想を持っていたかもしれませんし。
「平和に対する罪」を厳密に当てはめれば、第二次大戦中のアメリカとイギリスによるイラン侵攻も裁かれるべきではなかったかと考えます。しかし両国はこの点に無反省で、戦後イランへ謝罪も保障もしませんでした。怒った民衆が反米英の大統領を選挙で選ぶと、スパイを使って王政復古する始末。再び民衆の手で王政を葬ったイスラム革命後は、ご存知の通りアメリカがサダム・フセインのイラクを使ってイランを痛めつけます。
こうした連合国のご都合主義によってもたらされる災難を、Palは危惧していたのではないかと思います。


No title

Kayさん
フォローありがとうございます。助かります。

うちゃさん、

いえいえ。
中島岳志氏の本は未読でしたので、もしやハズしたことを書き込んでしまったかなあと思っておりました。

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Kayさんへ うちゃさんへ

>第二次大戦中のアメリカとイギリスによるイラン侵攻も裁かれるべきではなかったかと考えます。<
第二次世界大戦中の1941年8月25日から9月17日まで行われたイラン進駐は、イギリスとソビエト連邦によるものである

ドイツの世界征服の野望に対抗する行動を行なう国々を具体的に援助すると言う非常に広範囲な計画を始めました

ほっと一息さん、

ご指摘ありがとうございます。私の書き方は少々乱暴でしたね。
「アメリカとイギリスによるイラン侵攻も裁かれるべきではなかったかと考えます。」

「イギリスとアメリカによるイラン侵攻・進駐も裁かれるべきではなかったかと考えます。」
に訂正します。

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