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美談としてではなく

 こちらで、戦艦大和の沖縄特攻時には片道分ではなく往復できるだけの燃料が積み込まれていた、というエントリーがある。この話、私も常識だと思っていたのだが、片道特攻だったという俗説の方が広く信じられているのだろうか?
 だが、私はこれ、美談ではなく愚行と思っている。なぜなら、この話を大井篤氏の”海上護衛戦”で知ったからだ。大井氏は護衛総隊の参謀として、ずっと船団護衛の任についていた人だ。この人が大和特攻の話を聞いて、
「国をあげての戦争に、水上部隊の伝統が何だ。水上部隊の栄光が何だ。馬鹿野郎」

 こう怒鳴りつけている。
 大和の燃料になった重油は、本来は船団護衛や対潜哨戒のために割り当てられていたものだったのだ。そもそも、この時期に航空機の護衛もなく僅か10隻の水上艦で沖縄に向かっても途中で撃沈されるのは目に見えている、そんな無意味な作戦のために、大量の重油を使うなんてばかげている。怒鳴りたくなるのも無理はない。
 そして後日、片道分ではなく、帰り道の燃料も供給したこと知った大井氏はこう評している。
人情美談といえばそうともいえる。浪花節に感激し、講談に血をわかすこれらの人々はこれでいいかも知れない。しかし連合艦隊司令部というような、最高度の責任を国家にもっておるところでは、それではすまないはずであった。


 先に紹介したエントリーにはこんなコメントも入っていた。
水兵を陸戦要員として働かせるための給料として紙幣も大量に積んでいたことも忘れないでいてあげてください。大和を「特攻」にしないためにいろんな人がいろんな努力をしたことを。

 大和を「特攻」にしたくないんだったら、そもそもこんな無意味な作戦をやらせなければ良かったのだ。こんな努力、なんの役にも立たないだろう。きつい言い方をすれば、「”特攻”にはしていない」という送り出す側の言い訳でしかない。

 心情としては判らなくはない。そうすることしかできなかったのかもしれない。だがこれは愚行だ。愚かで醜く、そしてとても哀しい愚行。美談と受け取って涙を流せばさぞ気持ちが好いだろうけどね。私は泣いて気持ちよくなったりしたくない。この戦いの愚かさと醜さと、なによりも馬鹿な戦争をやった連中への憤りを忘れるわけには行かない。
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2009.04.15 (Wed) | Gazing at the Celestial Blue

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