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面白い人

水葉さんのところのこちらのエントリーのコメント欄で、非常に面白い人に出会ったので、ご紹介。長くなるので、続きは隠します。
最初、私がこんなコメントを書いた。
仲正昌樹氏がどういう意図で、カタカナ表記の「サヨク」を使っているのかは判らないが、この文章自体は政治思想の左右とは関係なく成立してしまう。「権力」の部分を別の言葉(左翼マスコミとか偏向教育とか)にすればウヨクでも通じる。
まあ、さすがに、
ここまで何だと、たとえがちがちの右でも引きそうだけど、一方で、
こんな話もあるわけで、さすがにここに名前を連ねている人全部を「サヨク」よばわりはできんだろうと思うのだが。

 これはこのエントリーで取り上げられている、静流さんと言う人がコメント欄で紹介してくれた、仲正昌樹さんのこんな文章を元にしてのものだ。(私のコメントにはこの前にも一文あるけれど、それについて触れるとさらに長くなるのでここでは省略する。)コメント中リンクの箇所はリンク記法にしてある。

反日ブログ監視所>HOME>仲正教授のネットサヨク考

>「みんな国家に騙されてるゾ」と大合唱する脳内ヒキコモリにはほとほと疲れる
仲正昌樹 金沢大学教授

■「私はこれまですっと、権力によって騙され、真実を知らされないできた。世の中の他の多くの人は、まだかわいそうに真実を知らないでいる。先に目覚めた私が人々に教えてやらねばならない」という調子で、まるでプラトンの「洞窟の比喩」とか、映画『マトリックス』のような話を、マジになって語るサヨクな人格になってしまう

■サヨクな人というのは、「一度捻って考えてみたはずの現在の私の思考」が、そのことによってかえって余計にヘンな偏見にはまっていないかと、もう一度捻って考えてみるというアイロニカルな思考ができない存在である。表面に出ている「偽り」の裏こそが、混じりけのない「真実」であると単純に信じて、その"裏の真実”の真実性は疑おうとしない。例えば自分が、自民党とか、右寄りのマスコミに"騙されていた”と一度"気付いた”ら、彼らの言っていることの「逆」こそが"真実"だと思い込む。そういうのを「二項対立」思考という

■「私のように優秀な人間が騙されていたのだから、一般の人たちは、放っておいたら、目覚めることができないはずだ。私が目覚めさせてやらねば・・・・・」と一人よがりでサヨクな使命感を抱く。

■このような"目覚め”を体験したサヨク・エリートたちは、それだけで究極の真実を知ったつもりになっているので、基本的なところではもはやそれ以上捻って考えようとしなくなる。「私は騙されてきた」という感覚自体を疑おうとしないので、自分の脳内で反権力意識を勝手に増大させていく。


この文章自体は、言葉の選び方に悪意を感じるが、それほどまとは外していないと思えた。仲正氏の提示した構図は実は思想の内容そのものについては触れていない。なので構図さえ合えば、この文章は左右両方を射程に入れることができると考えたわけだ。
で、その旨をコメントした上、一般的に右と思われている人で、仲正氏の構図に嵌ってしまっていると思える例として、Chikiさんところの「中川八洋+渡部昇一コンビによる『教育問題憂国本』の面白さ。」と「南京大虐殺否定派による映画「南京の真実」」を紹介したわけだ。実際、彼らは、「「一度捻って考えてみたはずの現在の私の思考」が、そのことによってかえって余計にヘンな偏見にはまっていないかと、もう一度捻って考えてみるというアイロニカルな思考ができない」ように思えるしね。

さてそれに対しての返答。(私のほうで割愛した部分に対応しているところは省きました)

>仲正昌樹氏がどういう意図で、カタカナ表記の「サヨク」を使っているのかは判らないが

本文に書かれています。ソースは提示しています。

>この文章自体は政治思想の左右とは関係なく成立してしまう。「権力」の部分を別の言葉(左翼マスコミとか偏向教育とか)にすればウヨクでも通じる。

該当エントリーで既に言及されています。

>まあ、さすがに、
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20070206/p1
ここまで何だと、たとえがちがちの右でも引きそうだけど

「がちがちの右」を揶揄するエントリーですね。そこまで何だとガチガチの左も引きそうです。

 なぜかコメント全体の文意というものを取らず、個々のセンテンスに反応するという、できの悪い翻訳ソフトみたいなものが返ってきた。「該当エントリーで既に言及されています。」と書いてあるが、されてるか? 
 仲正氏そのものが反日左翼だ、というコメントに対する回答というのはあったが、それとは違うだろう。

 それより最後の文章にびっくりである。私の文意を受け取っていれば、読んでもらいたいのChikiさんのエントリーそのものじゃなくて、あそこで俎上に上げられている中川氏と渡部氏の文章であるということは判るはずなんだが、ここではエントリーそのものの評価をしている。それよりなにより、あの妄言を「右」なんて言っちゃっていいわけ? それにあのエントリーががちがちの左翼でも引くってどういう評価なんだ?
 つうわけで、もう一度レス。
なんて答えたものか考えてしまうのだが、とりあえず。

>「がちがちの右」を揶揄するエントリーですね。

あの二人は「右」だと思ってるのね。私はさすがにそれは「右」の人に失礼だと思うけど。

>そこまで何だとガチガチの左も引きそうです。

結構みんな楽しんでるみたいだよ。


するとさらに驚愕のレスがくる。
>あの二人は「右」だと思ってるのね。

はぁ?これだけ見当違いに返されると当惑します。いったいどんな誤読をすればそんな結論に達するのでしょうか?まず、私が言及したのは
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20070206/p1
だけだということを2007/02/07(水) 03:12:05 |
で、確認してください。したがって「あの二人」ではなく「一人」に関してだけコメントしているのがわかりましたか。
次に私のコメントのここを見てください。
>「がちがちの右」を揶揄するエントリーですね。これを見れば、該当ブログに対して「左」という判断を下しているのが理解できませんでしょうか、皆様。
その私のコメントに対して、うちゃさんは、
>あの二人は「右」だと思ってるのね。とレスされているのです。あまりにも読解力に難をお持ちではないかと・・・
その次の私の「そこまで何だとガチガチの左も引きそうです。」に対する
「結構みんな楽しんでるみたいだよ。」は何を意味するのか理解できません。おそらく文脈から察するに
「ガチガチの左も引きそうだと言うが、そんなことなくて、ガチガチの左のみんなは結構楽しんでいる」ということでしょうか。


ええ、びっくりしましたとも、どうやら私には読解力に難があるそうです。もしかしたらこの人の書いているのは日本語と非常によく似た文章構造を持つ謎の言語じゃないかと思いましたよ。

つうわけで、返答はこんな感じに、
■中川八洋+渡部昇一コンビによる『教育問題憂国本』の面白さ。
があのエントリーのタイトルですね。タイトルだけでも、中川八洋氏と渡部昇一氏の二人を揶揄する記事だと言うことがわかりますね。
さて静流さんはこの記事を評して「がちがちの右を揶揄するエントリー」と言ったわけですね。では彼の言うところの「右」というのは前出の二人以外の「誰」を指しているのでしょうか?
謎です。


ここまで何だと~引くだろう
このフレーズ、先に使ったのは私だから、意味を説明しておきましょう。あそこで取り上げられている中川八洋氏と渡部昇一氏の言説は、あまりにも妄想が過ぎる、とてもまともに読んでられないものでした。そこで、まともな判断力を持っている人間なら、到底同意などできないもの、というつもりで「引くだろう」と書いたわけです。
さて、静流さんも、同じように「そこまで何~引いてしまいそうです」と書いてあるのですが、私はこれはchikiさんのツッコミ部分に対する評価と読みました。でないと、私への返信としては意味を成しませんから。
なので、chikiさんのエントリーに対しての評価がどんなものであるかを示したのですが。判らないとおっしゃる。はて?
ではそもそも、「そこまで何だとガチガチの左も引きそうです。」というのは何が言いたかったんでしょうか?

なお、静流さんの性別はわからないのですが、取りあえず三人称は彼で統一しておきます。
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