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清濁併せ呑むにしても

 安倍氏が統一協会の合同結婚式に祝電を打った件に関して、それを非難するのはバッシングではないか、という異論が出ている。
愚樵空論 - それってバッシングじゃないの?
 このエントリーを書かれた方は安倍氏の支持者ではない、むしろ安倍氏自身には批判的な立場にある。しかし、
その結婚式を挙行する側の人間の意図がどうであれ、結婚式の主役は新郎新婦。彼らが喜んで「安倍晋三内閣官房長官」からの祝電を受け取ったのなら、それでいいんじゃないの? たとえ5000人が喜びが洗脳されたものであったとしても、だ。祝電にイチャモンをつける人たちって、結局5000人をカルトの群れとしか捉えてないんじゃないの? だから5000人の1人1人のことになんて関心はないんだ。 

 という視点は確かにある。また、祝電そのものはそこまで大騒ぎするものではない、というのも説得力はある。

 キャンペーンに乗っておいてなんだけど、実のところ「合同結婚式に祝電を打った」という事実だけに注目していては、いずれ”単なる安倍叩き”ということにされてしまうだろう。注目を浴びるという段階を過ぎたら、その先の部分に踏み込まないと失敗すると思う。

 では、祝電自体には問題はないか、というとそうとも言えない。一つには、政教分離の原則はどうなっているんだ、ということ。合同結婚式自体、宗教的な性格があるはずなのに、そこに現役の閣僚の名前で祝電を打ってしまっていいのか。

 もうひとつは、統一協会自体が反社会的な存在にである、ということ。その活動の違法性が指摘され、事実多くの裁判で違法判決が出ている、そのような宗教団体の主催する会に祝電を打つ、というのは政治家としての見識を疑われてもしかたない。

 前述したように、”単なるバッシング”と見なされないためには、そろそろもう少し深く突っ込んだ話に持っていきたいところ。そういう部分は2ちゃんの機動性はうらやましいんだけど。
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