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通りゃんせ、通りゃんせ

 成城とランスカレッジさんのところで「現行教育基本法と新教育基本法案の比較」がまとめられている。すでにあちこちでいろいろと検証がされているけれど、私もちょっと気になったところを書いてみる。
 検証しているブログとしては、annntonioさんのところとか、swanさんのところなど。


 現行法と、新法案と読み比べてみて、国や国家といった単語を抜きだして比べてみた。
現行法では、
(1)「国家」が二ヶ所、「国」は五ケ所に使われている。
(2)「国家」は構成員である国民を含む"nation"の意味で、「国」は統治機構としての国"stats"の意味で使われている。
(3)「国」という単語は「地方公共団体」と必ず併記して使われる。「国」と「地方公共団体」とは同等のものとして書かれている。
(4)「国」については責務が規定されている。権限と取れるのは学校の設置について定めた第六条のみで、これも国の独占とはなっていない。

 全体的に、「教育」を「公権力」の影響力から切り離しておこう、という意志が見える。「教育」は国家事業として行うものの、国家に従属するものではなく、求めるものは真理や平和、正義といった普遍的な価値である、という考え方をしているのだろう。

 一方、新法案だが、
(1)「国家」は四ヶ所、「国」が十七ヶ所、「我が国」が四ヶ所
(2)「国」は現行法と同じく"stats"の意味。「国家」と「我が国」が"nation"の意味。
(3)「国」は「地方公共団体」に優越する。
(4)「国、及び地方公共団体は」で始まっている場合はすべて責務についての記述だが、「国は」で始まっている条文は、ほとんど権限についての記述になっている。(例外は十九条の国会への報告義務くらいか。といっても国会も統治機構の一部だからなぁ)

 一読して、やたら「国」を強調してるという印象を持ったのだけど、それにしてもやたら口を出したがる。こちらの条文では「教育」は「国家」に従属するものという意識が見える。たとえば高等教育について書かれた第十一条では、
高等教育は、高度で専門的な知識を備えた人材の育成を図るとともに、真理の探究を通じて、新たな知見を生み出し、学術の進展や我が国及び国際社会の発展に貢献することを期して行われなければならない。

と、我が国という言葉がしっかり入っている。ここだけではなく、家庭教育だの幼児教育だの生涯学習だのと、あらゆる場所に国が顔を出す。
 さらに(4)でも書いたのだけど、「国は」で始まる文章は責務ではなく権限が書かれている。幼児教育(第六条)のところではこうだ。
国は、幼児の心身ともに健やかな発育を期し、幼児教育の大綱的基準を定める。

 なんでここまで国が口を出すんだ。たかが統治機構だぞ。全編こんな感じで、新法案ではすべてを国の管理下に置こうとしているように読める。

 ああ、ところで「我が国の豊かな文化や伝統に立脚」するらしいけれど、伝統にのっとれば、我が国の学問の神様って天神様だよな。こんな学問が権力の下につくような法案を作って、道真公が黙ってるかね。雷落とされないようにね。
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