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糾弾すべきは偏向ではなくて

 gegengaさんのところDoxさんのところで知ったこのニュース。
「政治的発言、被爆者は自粛を」平和推進協の要請に波紋
 こういうときによく「偏っている」と言われることが多いのだけど、じゃあ、意見の分かれる事柄については一方に偏ったことを言わなければ中立性は保てるのだろうか?

ということで、ちょっと絵を描いてみた。星のマークは、一番上は左に、二番目は右に偏っているけど、じゃあ一番下は中立? いや、これ真ん中に偏っているんだ。偏りっていうのは何かが無い部分があるから生まれる。「偏った」意見を排除してしまうということは新しい偏りを作ることになる。何かを言わせないように力をかけてしまえば、その時点で中立ではなくなる。

 また、この絵、実は見る場所が違っているだけで同じものなんだ。自分の位置が違っていれば偏っている方向も変わる。極左(笑)の私から見ればほとんどの意見は右に偏っていることになるし。だから自分の立ち位置を明かさずに言われた「偏っている」という言葉には意味がない。

 相手の誤りを指摘するのはそれなりに手間がかかる。でも偏っていると言う分には自分が中立だとか、多数派だとか思い込めばそれですんじゃうから、批判する方は楽でいい。でも、偏っているというだけでは批判どころか悪口にもならないと思うのだが。確かに自分にとって都合のいい情報については甘くなるという傾向があるからそこは気をつけないといけないけれど。
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