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排除の衝動

 学生のころ読んだ小説のこの一節がいまだに心に残っている。
「人間は嫌悪だけでも殺戮行為がおかせるのだ」
 うかつなことに、こうやって言葉にしてもらわないと気が付かなかったのだが、確かにその衝動は自分の中にある。例えば、私はぶよぶよしていて細長い生き物(芋虫とか)がどうしようもなく苦手で、見ただけで鳥肌が立ってしまう。それがうじゃうじゃ蠢いていたりしたらもう……この気持ち悪い生き物をどんな方法でもいいから目の前から消し去りたい、という強い衝動を感じてしまう。

 実のところ、この感情には理由なんてない。ただの衝動なんだ。ところがこれに意味をつけようとしちゃうんだよな。そして、意味を考えてしまうと、こんどは原因と結果がひっくりかえる(というかそのために意味を付けているようなものなんだけど)。最初に排除の衝動があって、あとからその理由を付けているのに、そういう理由があるから排除しようとしているんだ、と考えてしまうわけ。

 良く使われるパターンとしては、いじめはいじめられる側にも原因がある、ってやつだ。ただ”自分が嫌悪を感じたから”ってだけなんだけど、それをそのまま認められずに別の理由を探してしまうわけね。こんな相手なんだから、自分が嫌悪感を持つのは当然、と思いたい。でも、それを始めてしまうと最初の感情は隠れてしまう。理由が相手の側に行ってしまうから、排除の衝動は抑えられなくなる。対処しないといけないものは、自分の中にある嫌悪感のほうなんだ。

 私にとっては、気味の悪い生き物っていうのはそういうことを思い出させてくれる相手なんだな。
 
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