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多様性と普遍性

 寺子屋に関しては、公的な制度は何もなかったため、教育内容はそれぞれのお師匠さまたちに任されていました。しかし、初等教育がきちんと機能するためには、教育内容の普遍性も必要になります。江戸で教えていることと大阪で教えていることが全く異なっていたら、話になりません。
 普遍性を保つためには、この時点ですでに民間レベルでかなり整備されていた出版・流通網が役に立っています。寺子屋の教科書は前述したように多くの種類がありますが、内容についてはある程度の共通性があります。読み書きに関しては仮名手本を終えてからは「往来物」と呼ばれる手紙文のやりとりを元にした教科書が使われることが多かったようです。これは「商売往来」「百姓往来」といったように職業別に良く使われる文章を集めたもの、「江戸往来」「東海道往来」といった地域のことを中心にまとめたものなどが出版されていました。
 また、儒教的な道徳訓話をあつめた教科書もありました。中で変わり種は吉宗公(良く出てきますね(笑))の命により編纂された「六諭衍義大意」という道徳の教科書でしょう。政府によって編纂されたものが変わり種というのも凄いですが。
 算術の教科書となると、「塵劫記」という江戸時代を通じてベストセラーとなったすぐれた教科書があります。数の位取りや四則演算から、金利計算、面積や体積の求め方などを実例を使って体系的に説明したもので、現代人でも特に専門職に就くということでなければ、この教科書に書かれた内容を理解できれば、ほぼ不自由なく日常生活を送れるであろう、というものになっています。
 「塵劫記」は本家以外に多くの海賊版が出版されています。教える内容が数学という普遍的なものですから、内容が似通ったものになることは避けられなかったのかもしれません。
 江戸に多かった武士が副業として教えているような手習い(武士階級なので寺子屋という言葉はあまり好まれなかったみたいです)だと、「千字文」「唐詩選」といった中国のテキストが好まれました。中国文化は当時の知識階級の教養でした。これらの教養を身につけるために、武士の師匠の元に通う庶民の子もいたということでしょう。
 このように、各種の教科書がある程度の量で出版されて出回ることは、教育内容を一定のレベルに保つことに役立ちました。また同時に、これだけのバリエーションの中から選択することで、多様性を持つことができたのです。
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