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寺子屋と小学校

 Jabberwockさんのこことか、gegengaさんのここ、アキラさんのここを読んで、ちょっと書きたくなりました。

 日本での公権力による庶民階級に対する初等教育は明治に入ってすぐに始められました。しかし、良く知られているように、初等教育そのものはそれよりもはるかに早くから始まっています。寺子屋ってやつですね(江戸では手習いと呼んでいました)。幕末の時点で、全国に約16000の寺子屋があったといいます。就学率は幕末で大体25%くらい、都市部では7割を超えていたみたいです。
 寺子屋の面白いところは、これが公権力とは全く関係なく、庶民の手によって作られ運用されていたところでしょう。読み書きそろばんというように、基本的な読み書きの能力と算術を中心に教育がなされていました。このころも生きて行くために最低限必要な項目としてはこれくらいだったんですね。国が決めたカリキュラムなんてものは存在しないので、教育はそれぞれの子供の習熟度なり商売なり親の都合なりを考えて個別に行われていました。教科書の種類も多く、現在残っているものだけで約7000種あるそうです。いつ教育を始めていつ終えるか、というのも完全に個人の都合に任されていました。
 おそらく、当時としては世界でも最高水準の初等教育環境にあったと思われますが、明治になってから、政府から「その師匠であるもの大概は流落無頼の徒であって自分の生計を立てるにも不能。素より教育の何足るかを知らないもの」などと批判されて、多くの県で廃止されています。(東京など、逆に保護して私立小学校となったところや、公立学校に教員を引き継いだところもあります)
 近代国家として、国を一つにまとめるためには、寺子屋のような形ではなく、小学校のような全国一律の教育が必要だったのでしょう。しかし、初等教育が生きて行くために最低限必要な事を学ぶ、ということを目的にするのであれば、必ずしも公権力は必要ないように思えます。
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