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武蔵野開拓史 その3

 このエントリーのコメント欄でちょっと触れましたが、日本人は上水道は作ったけれど下水道は作らなかった、という批判があります。(最近もこんなことは言われているんでしょうか?)
 実際には、江戸では人の屎尿は上質な肥料として取引されていたので、下水に流すなんてもったいないことは出来なかったというのが本当のところですが、これは自然の理にもかなっていました。
 植物の生育には水や二酸化炭素、日光などの他にも、窒素、リンなどの元素が必要です。畑で作物を育てて、都市に出荷しているだけでは、これらの元素が土中から減ってしまい、土が痩せてしまいます。屎尿には窒素やリンが多く含まれていますから、消費地である江戸からこれを集めて肥料として畑に戻す、というのは合理的なやりかたです。江戸の人たちの面白いところは、自然の理に乗っ取った資源の循環を経済活動という人の都合にうまく合わせてしまっている、というところでしょう。おかげで幕府としては、屎尿処理に関してほとんど何もする必要がなくなってしまいました。時代が下り、肥料としての需要が増えるにつれ、逆に供給不足から価格の高騰を招いてしまう、という事態まで起こっていたりします。

 このように下水道を作って屎尿を川や海に流してしまうというのは、資源的に見てももったいない行為です。それだけではなく、窒素やリンは水系の富栄養化の原因になりますから、長い間続ければ、土壌は痩せ、海や川は汚染されるという最悪の結果を招く事になります。

 もちろん、下肥の利用は、寄生虫の問題など、衛生面に問題があることは確かです。しかし、環境に対する負荷や、建築と運用にかかるコストまで考え合わせると、下水道を作らなかった事がそれほど非難に値するとはとても思えません。
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