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康熙王朝 第二十四集

 だいたい全体の半分くらいだけど、ここでストーリーも一区切り。一話の途中で区切りが来るのがこのドラマのパターンみたいだね。
・玄燁
 周培公の起用が見事に当たって、とうとう呉三桂を追い詰めるところまで押し返した。しかし、明珠の「このままでは周培公が新たな呉三桂となる」という言葉を聞いて、彼を解任してしまう。明珠は本気で周培公が叛くと思っていたというより、ライバルが手柄を立てすぎるのを阻止しようという考えの方が大きかったんじゃないかと思うし、皇上もそれは見抜いていたんじゃないかと思う。
 にもかかわらず、解任したのは、鰲拜、呉三桂と突出して力を持つ臣下というのをもう作り出したくなかったんじゃないかな。
 そして月日は流れ、ひげも蓄えてすっかり皇上らしくなった(笑) いや、無いとなんかもの足りないのよ(笑)
 モンゴルの各部族と会うため、盛京に向かおうとしたところで、台湾での叛乱の知らせが入る、更にモンゴルの方にも不穏な動きが。色々と大変な皇上であった。

・周培公
 解任された後は北に飛ばされていたらしい。そして病気にかかって死にかけていた。私も最初ちょっと仮病かと思ったんだけど違った。これで退場なのか?

・インスー
 すっかり大きくなった第一皇子。つうか明珠の甥っ子だったのか、今回初めて気がついた。たくさんいる皇子の中で唯一盛京に同行することになったところを見ると、皇上にはそれなりに目をかけられているようだ。ただ、若い頃の皇上と比べても、いまいちオーラが足りないような気がする。いや、明珠の甥だという先入観があるせいかもしれんが(^_^;

・呉三桂
 結局、本格的な反撃が始まってしまえば、国力に勝る清には抗しきれずに、退場の時を迎えてしまった。始まったときに比べると静かな退場という感じで、やはりちょっと寂しさを感じてしまうね。あれほど虚名はいらないと言っていたのに、最後には即位して皇帝を名乗った。このときにはもう、支えきれない、と観念してたのかもしれない。

・魏東亭
 もう皇上の側近じゃないわけね。民の動揺を抑えるために、敗戦の報告を戦勝と偽って告知しながら皇上の元に届ける。このあたりの処置は三藩叛乱の時の経験が生きてるのかも知れない。
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Comment

NoTitle

>呉三桂
あとやっぱり、本人も言ってたけど、年から来る焦りですよね。
勢いがいったん途切れちゃったのって、その(老いの)せいというのもあっただろうし。
この辺、やっぱ老祖宗が言ってた通り、時の力に任せるというのが
一番大きかったってことでもあるんですよね~。

2009.09.20 (Sun) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

NoTitle

>年から来る焦り
そうですね。呉三桂の退場に感じる寂しさって、それもあると思いますし。
それにしても、老祖宗の読みの深さは凄い。

2009.09.21 (Mon) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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