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天龍八部/簫峯

 全部見終わったので、いつものようにキャラごとのエントリーを上げていこう。いつもは脇役とかヒロインから始めるのだが、今回はやっぱりこの人からだろう。
「兄弟たち、さあ、呑もうじゃないか」

 契丹人・簫遠山の息子なのだが、漢人・喬峯として育てられ、丐幇の幇主となった。腕が立ち、統率力もあり、義に厚い。落ち着いて情勢を見定める冷静さも持っているが、堅苦しい人間ではなく、若い連中と酒を酌み交わす気さくさもある。まさに実力も人望も兼ね備えた、非の打ち所がないリーダーだった。だが、馬夫人の陰謀によって、自分でも知らなかった契丹人であるという出生の秘密を暴かれ、幇主の座を返上せざるを得なくなる。
 もっともこの時点では、まだ彼を慕うものも多かった。しかし、実は生きていた父親・簫遠山の大暴走によって、養父母殺し、恩師殺しの汚名を着せられてしまう。そして、これらの事件の真犯人が簫遠山襲撃の”かしら”であると思い込んだ簫峯は、事情を知る証人たちを訪ね歩くのだが、彼らもまた、次々と父に殺され、その罪まで着せられてしまい、ついに江湖では知らぬもののいない大悪人にまで仕立て上げられてしまった。……これって、ほとんど全部父親のせいだよなぁ(^^;

 この間、彼が契丹人であることを知っても唯一変わらず彼を信じてくれた阿朱を愛するようになり、二人で静かに暮らすことを願うようになるが、いくつかの誤解と行き違いから、その阿朱を自分の手で殺めてしまう。そして阿朱から妹の阿紫を託され、彼女と共に遼に渡り、遼国の将軍となる。

 武功は全キャラクターの中でも飛び抜けており、敗北はおろか、劣勢に追い込まれたことすらほとんど無い。特に、聚賢荘では武林の英雄豪傑多数をただ一人で相手にして圧倒していたし、少宿山では短時間ながら、丁春秋、慕容復、荘聚賢の達人三人とほぼ互角の戦いをしていた。
 だが、思い込んだら一直線、暴走して突っ走るというのがデフォルトの江湖の人間には珍しく、物事を冷静に見さだめようとするタイプであり、むやみに戦おうとする人ではない。また、宋と遼、二つの祖国を持ち、短い間ではあるが女真族の村で暮らしたこともあるため、特定の民族を敵視したり、侮蔑したりすることのない、バランスの取れた見方をする。もっとも、そのことがかえって簫峯の立場を難しいものにしてしまっていたのだが……。

 段誉君や虚竹、そして遼国皇帝・耶律洪基とは義兄弟の契りを結び、また、幇主の座を離れてからも、丐幇のメンバーは心の底では彼のことを幇主と思っていた節がある。だが、彼にとっては誰からも信じてもらえない時に側にいた阿朱は特別な存在であり。それは彼女が死んだ後も変わらなかったように思う。それは、阿紫に「自分のいる場所がない」と思わせることにもなってしまうのであるが。

 最期は遼と宋の和平と引き替えに、自分の命を絶つことになってしまうのだが、まさに英雄と呼ぶにふさわしい男であったと思う。
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Comment

もしも崖がちゃんと崖の役を果たしていたなら

喬峯が丐幇から出て行くところまでは動かないものの、その後は、養父母と師父にご挨拶して、雁門関の外へ去っただけの平和な話だったでしょうに(^^;
(この場合は少林寺で阿朱と合流はしていないでしょうが)
>ほとんど全部父親のせいだよなぁ(^^;
<
まったくもう(^^;

Wikiの「天龍八部 (小説)」では、このお話を『親の世代が残した確執に運命を翻弄される若者たちの生き様を描いた群像劇』と説明しているんですが、なんか微妙に不正確ですよね。少なくとも簫パパは、「残した」というより、現在進行形で撒き散らしているから。。。

2009.01.09 (Fri) | 碧猫 #fYTKg7yE | URL | Edit

>簫パパは
いやまったく、はた迷惑な父親がたくさんいましたが、簫遠山はその筆頭という感じでしたね。

>雁門関の外へ去っただけの平和な話
ほんとうは、そういう生活の方が似合ってたんですけどね、この人は。

2009.01.10 (Sat) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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