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東周列国 戦国編第十集(2)

 まったく、いけすかないガ……もとい、かわいげの無いお子様である(^^;

 屋敷が燃えおち、一族と共に死んだかに思われた呂不韋だったが、悲しむ異人や秘かにほくそ笑む安国君の前にひょっこり姿を現わす。
 そして呂不韋は昭襄王の前で、襲撃の真相を知ることを匂わせながら、罪を趙王になすりつけ、さらにあえて趙姫が親戚であると明かしたうえで、安国君が趙姫について調べていたことを暗に非難する。それを聞いた昭襄王は呂不韋を偉人の教育係である太傅に任命する。

 時が流れ、嬴政も成長していった。ある日、昭襄王は一族を連れて狩りに出かける。嬴政の弟の成嶠が見事に馬を乗りこなすのを見て、昭襄王はご機嫌。しかし、嬴政は体が弱く、馬に乗ることもできなかった。すると嬴政はそばで見ていた呂不韋を呼びつけ、踏み台になるように命令する。

 長く王の座についていた昭襄王だったが、ついに崩御する。跡を継いだ安国君は樊於期将軍に命じて、密かに呂不韋の暗殺を謀っていた。一方の嬴政は相変わらず病弱ではあったが、呂不韋の教育の元、知識では他の兄弟たちを圧倒する。だが。自分を馬鹿にした成嶠に対しては挑みかかって指を噛み切ってしまう。さらに、呂不韋のことは卑しい商人として馬鹿にするなど、王族としての自負心の高さから、他人を見下していた。

 呂不韋は、安国君の50歳を祝う祝宴に秘蔵の酒を献上する。だが、その酒を飲んだ安国君は急に苦しみ出す。呂不韋は先手を打ってきたのだ。もう助からないと覚悟した安国君は、異人を呼びつけ嬴政が呂不韋の子であることを伝えようとするが、そこに呂不韋が現れたため、嬴政ではなく成嶠を太子にするように言い残すのが精一杯だった。
 こうして異人は王位を継ぎ、呂不韋は宰相となった。そして、呂不韋は秦の討伐に動こうとした周に対して、逆に滅ぼしてしまうように進言し、そして実際に周を討ち、天下の象徴であった九つの鼎を秦に持ち帰ってしまう。
 
 自分の息子をなんとして玉座につかせたい呂不韋は、先王の遺言に従い、成嶠を太子としようとする異人をなんとか翻意させようと、長幼の序に従うように進言するのだが、自らも長男ではないのに王位を継いだ異人を逆に不快に思わせてしまう。

 その晩、異人の前に樊於期将軍が現れ、嬴政の出生の秘密を明かす。あまりの事実に衝撃を覚えた異人は倒れ、そして実は嬴政もこの秘密を立ち聞きしてしまったのである。

 劇中で呂不韋が「士農工商」という言葉を口にするが、これも元々中国から来ている。「卑しい商人」ということを言っているけど、今の感覚だけでなく、同じ言葉が使われていた江戸時代とも違うはず。当時からすれば、土地に根付かない商人ってかなり下に見られていた。ほとんどすべてをなげうってでも息子を王にしたいという、呂不韋の執念って、そういう背景がわからないといまいち理解しにくいかもしれない。
 それはそれとして、すっかりおなじみの顔になった昭襄王の登場が結構うれしかったりする。なんか曾孫の成長にすっかりデレている姿にほのぼのしてしまった(笑い)

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Comment

No title

>曾孫の成長にすっかりデレ
やはりそこですか(笑)
この王様は、この年までこうして元気にやって、まさに大往生という感じでしたね。
春秋篇から通して観てもあんまりありそうでなかったパターンなので、
素直にうれしくなってしまいます。

2008.09.07 (Sun) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>やはりそこですか(笑)
もちろん、外せないポイントです(笑)

>春秋篇から通して観てもあんまりありそうでなかったパターン
そうですね。それとこの王様は結構多くのエピソードに登場しているので、そのぶん思い入れも強くなってますし。

2008.09.07 (Sun) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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