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東周列国 戦国編 第七集(1)

 新章突入。主役となるのは燕と斉。
 斉から燕に向かって砂漠を旅していた男がいた。その男は国境付近で一人の男と会い、酒を飲み交わす。その二人、楽毅と田単はお互いに名乗りあうこともなく十年後の再会を約して別れた。
 楽毅は斉での仕官を断られ、燕に向かっていたのであった。その燕の昭王もまた、楽毅には冷たく当たっていたが、斉に宋攻めの援助を求められていることについて、糧食ではなく軍を派遣するように献策したことで認められ、将軍として取り立てられる。
 そして後に、援軍として経験を積んだ燕の兵士と、秦、韓、趙、魏の各国を率いた楽毅は、斉を攻める。楽毅の軍は斉軍を蹴散らし、都の臨淄まで迫ってきた。おかげで臨淄は逃げ出そうとする人々で大騒ぎになり、緡王まで都を捨てて逃げだそうとしていた。そんな騒然とした中、国史を司る太史の敫は、三代にわたって綴ってきた斉の歴史を、弟子の田単に託そうとする。だが、田単は守りきる自信がないと、断ってしまう。
 斉の太子法章は連合軍には含まれていない楚に援軍を求めに行っていたのだが、領地返還を求める楚軍の動きは鈍く、法章が都に戻ってきたときには緡王は田単をつれて衛に亡命しようと臨淄を離れた後だった。目前に迫った燕軍から身を守るため、礼服を脱ぎ捨てて平民になりすまし、偶然太史敫の屋敷に助けられる。

 緡王はいったん衛に逃げ出すが追い出されてしまい、田単に命じて燕との講和をはかると同時に、ようやくやってきた楚の大将・淖歯に、宰相の地位を約束して燕軍の撃退を要請する。
 そんな楚軍に対して、楽毅は参謀の百里疆を派遣して取り込みを図る。百里疆と接触した淖歯は緡王との約束も忘れたかのように、まんざらでもない様子。

 楽毅は臨淄に入るに当たって略奪を禁じていたのだが、兵たちは燕・昭王の命を受けて太史敫の屋敷を荒らし、史書を持ち出そうとしていた。そのため、斉の人心を収めるために協力して欲しいという楽毅の要請は、太史敫に断られてしまう。
 そこに、田単が講和の使者としてやってくるのだが、名前を知らないため以前に再会を約した男とは知らず、配下の騎劫将軍に相手をするように命じ、直接は会わなかった。

 ところが、この騎劫は残忍な男で、とらえた斉の捕虜たちを、闘牛のいる穴の中に落として、牛に突き殺させるという残虐なことしていた。そこにやってきた田単はその様子に怒り、兵たちに代わって自らが牛の相手をしようとするが、武器も持たずに立ち向かってもかなうわけもなく、あわや突き殺されそうになる。そんな田単の姿に突き動かされるように一人の兵士がその身を投げ出して牛から田単を救い、それまで膝を屈していた斉兵たちも立ち上がるのだった。
 
 太史敫を演じているのは莫大先生の中の人。なんか役柄的にも格好いいんですが(笑) どうしてこう爺にばっかり目がいくんだろう私は(笑)
 田単が太史の頼みを断ったのって、自信がないから、というよりも頼みを受けてしまったら、思い残すことが無くなった太史があっさりと死を受け入れてしまうと思ったからだろう。実際、兵に踏み込まれたときにも「国史を残すためにも死ねない」って言っていたし。

 そして五カ国を率いて見事に斉を破った楽毅も立派な指揮官ぶりを見せるのだが、配下の暴走までは目が届いてないようで、次回以降に禍根を残しそうな感じである。

 ……しかし、どうしてもダメ国王と有能な臣下とのやりとりが、のび○とド○えもんに見えてしまう。

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Comment

No title

>田単が太史の頼みを断ったのって
私は初見の時には田単の煮え切らなさが気になったのですが、
なるほど、そういう見方もありますね。
今は手元にないので観直せないのですが、改めて観たらまた気付くことがありそうです。

>どうしてこう爺にばっかり目がいくんだろう
え? それって全然一般的な普通の反応じゃないんですか?(←もはや手遅れ)

2008.08.24 (Sun) | Manbo #mQop/nM. | URL | Edit

No title

>全然一般的な普通の反応
ああ、なんだ、やっぱりそうなんですね<-手遅れな人その2

2008.08.24 (Sun) | うちゃ #9fUrC8Yk | URL | Edit

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