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七剣下天山/穆郎

 どことなく少年の面影を残す、晦明大師の弟子の中では最年少の剣士。

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七剣下天山/韓志邦

 彼のまっすぐでひた向きな情熱がなければ、この物語は始まらなかったのである。

不滅のブロガー

 例えばこんなプログラムを考えてみる。
・定期的にニュースサイトなり、特定のブログなりを巡回して、記事の要約を持ってくる。
・そのときに、そのプログラムの”興味”の対象になっているかを、キーワード分析なり、要約機能なりを駆使してフィルターをかける。
・そうやって選んだ記事をつかって、適当に自分のエントリーを生成し、投降する。
・人の記事を引用した時には、ちゃんとトラックバックを飛ばす。
・トラックバックが来たら、そっちのブログに飛んで、内容をチェックする。
・もし、相手のブログの記事内容が、設定してある”興味”の範囲にある程度ヒットしたら、巡回ブログリストに加える。
・巡回ブログでも、”興味”の対象になる記事が減ってきたら、リストから削除する。

 で、このプログラムをサーバで動作させて、適当な間隔でエントリーをアップしつづけるように設定しておく。毎日きっちりエントリーあげたりしてると、機械っぽくなるので、たまにはさぼったりして。

 これだと、コメント欄が結構やっかいだな。人工無脳を置いておく、というのも手だけれど。コメントは受け付けないようにした方がいいかもしれない。
 議論とかふっかけられると、一発でバレそうだけど、そこは”私はそう感じました!”で逃げさせよう(^^; もしくは、当たり障りのない話題ばっかり選ぶようにしておくとか。

 ……これで、自分が書いてるやつより人気が出たりしたら、やだなぁ(笑)
 

新しいiMac

 そろそろ出るという噂通り、昨日発表になり、今日にはもう店頭に並んでいたわけだが、なんか、コストパフォーマンスがやたら良くないですか、こいつら?
 一番下のモデルでもCore2Duo2.4GHz、20インチで139,800円、最上位機種だと、24インチモニタに3.06GHzで224,600円と、最近のドル安を反映してか、かなり安くなってる印象が。コストパフォーマンス的には上から二つ目あたりが一番だと思うが、その下の169,800円というのもなかなかお値打ち感があっていい。

 ふと、国産WIndows機と比較して見ようと思いついて、普段は全く足を踏み入れないPC売り場を覗いてみたところ、あちこちに緊急値下げの手書きの値札が貼ってあったのだけど……これってもしかして、iMacのせいなのでは? 気のせい?

 ……いや、買いませんよ? なんか、背中を蹴ろうとしている人がいるみたいだけど

七剣下天山/楊雲驄

 武骨で不器用で、女心がちっとも分からない朴念仁。だが、誠実で義理堅く、何かと危なっかしい兄弟子と違って安心して背中を預けていられる。そんな男である。

七剣下天山/楚昭南

 天山の晦明大師の一番弟子にして七剣士筆頭。七剣中最強の由龍剣を操る剣士である。

七剣下天山/納蘭明慧

 清の将軍である納蘭秀吉の娘。優しく賢いお嬢様である。

かたき討ち

 武侠ドラマを見ていると、かたき討ちというのは良く出てくる。射雕英雄伝の郭靖や碧血剣の袁承志のように主人公の動機になっていたり、また笑傲江湖でも林平之のかたき討ちはストーリーの中核になっている。
 実際のところ、中国ではかたき討ちに対しては、公的には罪としていたものの、心情的には肯定的に捉えられており、父母・祖父母のかたき討ちに対しては特別な配慮がされていたようである。ただ、かたき討ちとしては父母・祖父母を対象にしたものしか認められなかったようだ。どうやら儒教の影響が強かったというのが、その理由らしいが。復讐に対しては歴代王朝も対応に苦労していたようで、明代においてはかたき討ちに対する法を制定し、その場で敵を取った場合は無罪、あとから復讐した場合は杖60と、かなり優遇されている。

 日本でも、かつては合法的にかたき討ちが出来た時代があった。日本の場合、儒教よりは武士の倫理観の方が影響が大きかったようである。そして基本的にかたき討ちというのは武士のものであった。江戸時代も後半になると庶民によるかたき討ちも増えていったのだが、これも武士の気風を真似たものであったそうだ。
 また、基本的にかたき討ちというのは、目上の者が殺された場合にのみ許されるもので、父母や兄、主君のかたき討ちというのは許されても、子供や弟のかたき討ちというのは認められなかった。そして殺人ではなくかたき討ちと認められるには一連の手続きが必要であった。まあ実際にはすべてを手続き通りに勧めなかった場合においても、要件が揃っていればかたき討ちと見なされはしたようであるが、私的な復讐心から行われるものに、細かく様式が定められていたというのは不思議な気もする。
 このように様式化されたかたき討ちは、やがて先にも述べたようにしだいに”庶民化”していく。そして一種の見せ物と化していくことになる。かたき討ちを装った詐欺などもあったようだし、同時代の作家達によってかたき討ちを茶化した作品なども書かれるようになっていった。

 徳川政権下では、かたき討ちは美徳とされ、顕彰さえされていたこともあるのだが、それは個人の復讐心を肯定するというよりも、武士の倫理観を守るためのものであったと思われる。あるいは、復讐を遂げたいという思いを利用して、武士の理念を称揚しようとしていた、という言い方もできる。後期になって庶民によるかたき討ちが増えたのは、武士の理念が武士以外の階級にとっても理想となっていたことの証明なのだろう。(ただし、これを茶化して相対化することも同時に行っているあたり、そう単純でもないのだが)

 そうであるがゆえに、明治政府になってからはかたき討ちは禁止される。武士階級を否定することで成立している政権なのだから、武士の倫理に基づいた行為など肯定できるものではなかったのだろう。”武士道”というものが国民の道徳として作り出されるようになるのは、遥かに時代が下ってからのことである。

参考:かたき討ち 復讐の作法/氏家幹人 中公新書

百億の昼と千億の夜/萩尾望都・光瀬龍

 光瀬龍の代表作といっていい小説を萩尾望都が漫画化した作品。仏教的な世界観をベースにした気が遠くなるようなスケール(なにしろ、インド人というのは桁外れにでかいスケールで物を考えてくれるようだし)を持った原作を、よくもビジュアル化したものである。時間的なスケールで言えば、宇宙の開闢から終りまで、そしてさらにそれを越えたところまで思いを馳せられるというのは、SFという形態でなければ味わえないところだろう。

 小説の方も読んでいるのだが、たぶん先に遭遇したのはこちらのマンガ版の方。だからオリオナエ、シッタータ、阿修羅王といった主要キャラクターたちは、先にこちらのイメージが浮かぶ。特に阿修羅王の造形は強烈で、破滅にあらがい、神よりも強大なものに戦いを挑む阿修羅たちの長が少女の姿をしているというのは、原作の光瀬龍の発想であるが、もうマンガ版の姿が焼き付いてしまって小説を読んでいてもこっちのイメージが頭に浮かぶ。

 そしてこの作品、全体を通して印象に残るのは、滅びて行く多くの都市に感じる寂寥感。かつて繁栄し、今は荒野の中で寂れて行くだけの街の姿。ものすごく遠くまで来てしまったという後悔にも似た感情。

 それにしても凄いのは、この作品が少年誌で週間連載されていたということ。黄金時代の少年チャンピオンって凄かったんだよ。

獣がいる

 十二国記の世界観のネタのひとつになっているということで、山海経を読んでみた。この本、古代中国怪獣図鑑として有名(?)なのだが、もともとは地誌/博物誌なのである。もちろんのこと、そこに書かれていることがすべてそのままその通りということにはならないのだけど。旅に出かけるときには必携のガイドブックってことになってたんだろうな。

 そんな本なので、結構記述はストイックだったりする。特に山経の方は本当に淡々と、そっけないくらいに簡潔である。
獣がいる、その状(かたち)は禺(さる)の如くで四つの耳、その名は長石、その声は人がうめくよう。

とか
獣がいる、その状は虎の如くで牛の尾、その声は犬がほえるよう。その名はテイ、これは人を食う。

とか、こんな感じで次々と妖しげな生き物が紹介されて行く。普通、怪獣とか妖怪とかって、なにがしかの物語がついていそうなものだけど(そして海経の方には、いくつかそういう物語も語られているのだけど)、そういうものは一切無しでただ単に、「これは人を食う」とあたかも当たり前の事実のように書いてくれる。この語り口には不思議な説得力がある。

 そして、そんな記述に混じって、
鳥がいる、その状は鴞(ふくろう)の如く、青い羽、赤いくちさき、人の舌、よくしゃべる

 なんて書かれているから、どんな生き物かと身構えてみれば、鸚鵡(オウム)だったりする。そういや、アニメ版の十二国記に出てたなぁ。

 獣がいる~、の文章はすっかり気に入ってしまったので、遊んでみたくなるな。

 獣がいる、その状、鹿の身(からだ)に馬の首、人面。よく人語をしゃべるが、解さない。その名を……。

 なんてね。

道でもなけりゃ徳でもない

 師匠のところで拾ってきたこの話題。
子供の道徳心を偏差値化

「道徳」って老子から来ている言葉である。老子の上下編それぞれの最初が
「道の道とすべきは常の道に非ず」
「上徳は徳とせず、是を以て徳有り」
と「道」と「徳」であることから「老子道徳教」って呼ばれているわけだ。

「道の道とすべきは常の道に非ず」というのは、「道」というのは言葉で定義できるものではない、と言ってる。
「上徳は徳とせず、是を以て徳有り」は、続く「下徳は徳を失わず、是を持って徳無し」とつなげた方がわかりやすいだろう。徳を備えた人は、徳を意識することなく、それゆえに徳を持つことが出来る。徳を失わないように固執するものは、かえって徳を得ることが出来ない、ということ。

 で、何だって? ペーパーテストで道徳の点数をつけて、偏差値で相対評価する??
全然ダメじゃん
 このテスト作った人、道も徳も全然わかってません。あのさぁ、歴史がどーのとか、伝統がこーのとか言うんだったら、ちっとは考えろよなぁ。
 ……まあ、本音のところは「道徳」じゃなくて「修身」を教えたいんだろうね。

クローバーフィールド

 去年の夏、一度だけ予告編を見て、これはもしかして怪獣映画なのでは? と思っていたのだが、やっぱりそうだったのか。


今年は行きたいんだよなぁ

 毎年、行きたいと思いつつ、踏ん切れないうちに締め切りが来てしまうのが、アップルのWWDC
 でも、今年はやっぱり行きたい、iPhoneのセッションはぜひ聞いておきたいんだよな。費用はともかくとして、スケジュールの調整をつけないとならんのだが……。とりあえず来週には決めないと。

You can't stop the beat

 映画「ヘアスプレー」のラスト、クライマックスシーンで流れる曲。以前にも書いたけれど、差別を大きなテーマにしながら、きちんとエンターテイメントに仕上げてくるところは、さすがというか。アメリカ映画のいいところってこういうところだよなぁ、と思える映画だった。

 なので、クライマックスでかかるこの曲も、映画のメインテーマを表わしていると同時に圧倒的に楽しい。主人公であるトレーシーからリンクー>アイネスー>ペニー&シーウィードー>エドナー>モーターマウスとつないで当然ラストは全員で歌って踊って大団円というのは実に正しい。
 一番好きなのはトレーシーのお母さんであるエドナのパート
And you just can't stop my knife and fork
When I see a ChristMas ham
So if you don't like the way I look
Well, I just don't give a damn!

 容姿に対するコンプレックスから、ずっと家に引きこもりぎみだったお母さん。ずっと娘のトレーシーに引っ張られておずおずと、という感じだったけれど、ここでは堂々と歌う。最初から解放されてた人たちよりも、始めて自分を解き放った人の方が見ていて嬉しい。このシーン、楽しいんだけど、ちょっと泣きそうになった。

Music by Marc Shainman
Lyrics by Scott Wittman and Marc Shainman

武侠トランプ

 以前に、中華街に行った時に、封神演義トランプというのがあったので、つい買ってしまったことがあった。他にも三国志とか水滸伝とかもあったので、当然武侠トランプなんてのもあるんだろうなぁ。
 ということで、今まで見てきた武侠物の登場人物でトランプを作るとしたら、というのを考えてみました。全部は大変なので、ジョーカーとエース、絵札までってことで。

・ジョーカー
 もうこの人しか思いつかないというのは周伯通(射雕英雄伝・神雕侠侶)、強さも申し分なしだし、何より存在自体がジョーカーそのものだし。ジョーカーは二枚入っていることが多いので、もう一枚はこの人、東方不敗(笑傲江湖)。色んな意味で無敵だし。

・エース
 傅青主(七剣下天山)、黄薬師(神雕侠侶)、風清陽(笑傲江湖)、穆人清(碧血剣)。
 あははは(^^; 実はこれがやりたくて書いたエントリーだったりして(笑) ネタに走らないのであれば、黄薬師と風太師叔を外して、万伯龍谷主(断仇谷)と方証大師(笑傲江湖)あたりでしょうか?

・キング
 洪七公(射雕英雄伝)、黄薬師(射雕英雄伝)、海令山(断仇谷)、護国真人様(碧血剣)
 順当に行くと射雕の東西南北で決まっちゃいそうだけど、それじゃありきたりなので、見事な仇役っぷりを見せてくれたお二人を入れてみました。それでも東邪と七公は外せなかった。この人たちキャラ立ちすぎです。

・クイーン
 任盈盈(笑傲江湖)、何守(碧血剣)、飛紅巾(七剣下天山)、温黛黛(大旗英雄伝)
 盈盈は最初に見た武侠ドラマのヒロインだったので思い入れが深い。何守は碧血剣での圧倒的な楽しさが印象に残っているし、孤高の鷹・飛紅巾が武骨な楊雲驄に一途に思いを寄せる姿は心を打つ。黛黛は、あの武侠史上最低のアホ父子を見事に更生させた功労者ということで、ひとつ(笑)

・ジャック
 郭靖(射雕英雄伝)、方有為(断仇谷)、楊雲驄(七剣下天山)、令狐冲(笑傲江湖)
 エースとキングに達人キャラが行ってしまうので、普通なら主人公の筈の人がここに来てしまうという。若手の成長格って感じなので、劇中での成長が著しかった郭靖と有為を。そしてクイーンに飛紅巾と盈盈が入っている以上、楊雲驄と令狐冲も入れないわけにはいかないわけで。だって抜かしたりしたら、ただで済ませてもらえると思います?

 こんな感じになってしまいました。なんであの人が入っていないんだ!というのはあるかと思いますが、十八枚に収めようとするのがそもそも間違いですね(笑)

川内康範先生がっ

訃報:川内康範さん88歳=作詞家・作家

記事では「月光仮面」とありますが、私の世代では「レインボーマン」の方が思い入れが深いかと。
あの独特の作風は、子供心にも凄いと思いました。

死ね死ね団のテーマの作詞もされているんだよなぁ。

ご冥福をお祈りします。

七剣下天山/緑珠

 久しぶりに七剣から。実は明慧お嬢様にしようと思っていたのだけど、先に彼女のエントリーを書きたくなった。

乗ってきました

 今日は天気も良かったので散歩がてらに、日暮里ー舎人ライナーというのに乗ってきました。

無能な働き者

 上映中止が相次ぎ、東京の映画館では見ることが出来ないのか?と危ぶまれていた映画「靖国」ですが、どうやら東京でも上映がされそうな雰囲気になってきました。
映画「靖国」:5月初旬から東京、大阪など全国21カ所で
 東京・大阪合わせて5館のはずだった上映予定館が全国21カ所になってる!

 未だに上映して欲しくないと駄々をこねている人たちも居るようですが、さすがに総理にまで上映できなくなっている状況を問題視されているようなので、おおっぴらに妨害活動は出来ないでしょうし、おそらく一般の人には理解してもらえないでしょう。

 やはり今回の件、稲田朋美大先生の功績が大きいですね(爆) おそらくこの人が検閲まがいの試写会なんてことをしなければ、ここまで知名度は上がらなかったでしょうし。きっとあれですね、せっかく助成金を出したんだから、なるべく多くの人に見てもらおうと思っての深謀遠慮だったんですね(笑)

 ……保守の人は、とりあえずこの人をなんとかしたほうがいいんじゃないでしょうか? 

笑傲江湖/定逸師太

 なぜかそろそろエントリーに上げとかないといけないような気が……(笑)

十五歳の問いかけに答えない大人(あるいは中学生をなめるな、その2)

 しばらく前から知っている産経のこの記事。碧猫さんのところのエントリーによると更に酷いことになっているようだ。
しかし、今のところ教師による強制どころか、唆しの事実さえ明らかになっていないというのに、日教組だの、サヨク教師だのと妄想街道を突っ走っている人がいるということくらいならもう驚かなくなっている(それもイヤな話であるが)。とはいえ、さすがにこんな物理的な暴力行為が行われているとなっては暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

 さて、この中で最も愚かと思える言葉がある。
『何らかの大人が糸を引かない限り、172人いて171人が座るなんてあり得ない。』

 これに近い言葉はこちらでも読んでしまって、私としてはあっけにとられてしまったのだが。
 この件、生徒達の間でなんらかの申し合わせがあったという可能性は、私もあると思う。そこに教師の意向が入っていたという可能性についても、皆無とは言えない。でも問題はそんなことじゃない。実際に行動を起したのは生徒達であり、最初に確認しなければいけないのは生徒達の意思なり意見だろうが。あなたたちは中学生をなめているんではないのか?

 今回のケース、ただ単に起立しなかったのではない、起立した状態から着席しているんだ。その行為が政治的なメッセージを含んでいることを、十五歳の人間が全く理解できていないとでも思うのだろうか? 彼等がこうして送ってきたメッセージに対して、教師による教唆の有無をまず調べるというのはどういう了見なんだろう。お前たちのメッセージなんかまともに受けとるに値しないとでも? それは教育に携わるもののとる態度なのか?

 そう、私はこれに似たことが以前にも行われたことを知っている。覚えているだろうか、かつて中学生達が安倍首相に向けて教育基本法改正に対する反対の声明文を出したことがあった。このときの反応がまさにそれだったのだ。
匿名の卑怯者を擁護する人たち(中学生をなめるな)
教師/反面教師
洗脳なんて必要ない
 彼等には中学生がこんな”政治的な主張”をするということは信じられず、すべては共産党の教師による洗脳であると決めつけた。そして、こう決めつけた人は誰一人として、彼女達のした問いかけに答えようとしなかったのだ。

 あなたがたは理解できないのだろうか、彼等、彼女達はまさに当事者なのだ。今だ選挙権を行使できる年齢には達していないとはいえ、既にある程度の判断力も情報収集力も備えた。その彼等があげた問いかけに対して、この態度は何だ? なめるのもいいかげんにしてもらいたいものである。

射雕英雄伝/李萍

 肝っ玉おっかさん

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