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洗脳なんて必要ない

 なんだか、相変わらず「共産党の洗脳だ、洗脳を行った疑いのある教師を批判するのは当然」ということを書いてくる人がいるんだけど。

 どうも想像力が強すぎるというか、いやなんだか明後日の方向に向かってしまっているといったほうがいいのかもしれない。これを言う人間は肝心なことを忘れている。中学生に対して政府の方針に反対の意見を持たせるのに、洗脳なんて必要ないんだよ。

 何しろ、政府与党筋から出てくる言葉が、何口走ってるんだこの人たちは、と言いたくなるようなものばかり。これなんか、本気かよと言いたくなるし。他にも色々あったよね。徴農なんてのも記憶に新しい。
 タウンミーティングでのやらせ発覚のように進める手続きの問題だってある。実際に教育を受ける当事者として、これらの情報を知らされたらどう考える? 政府のやり方に不信感を持つことは”不自然ではない”だろう。そこに教師からの示唆があったかどうか、でもこれをも洗脳といったら言い過ぎだろう。だいたいなにも言われなくても新聞くらいは読むんじゃないの? つうか、私が中学生のころは、もう中学生なんだから新聞くらい読め、と言われた気がするんだが。

 突出して見えるのは彼女たちが実際に総理に意見書を提出したその行動の方であって、考えたこと自体はそれほど突飛でもない。そして、行動の方は教師からのサジェスチョンがあったのかもしれない。学校や教師によっては生徒がそのような形で政治に係わることを好まないこともあるし、ここに教師の影響を見ることはできるだろう。

 だが、それって悪いことか? 政治的な活動は好ましくないからといって生徒たちを遠ざけた結果が、一流大学を出たにも係わらず

「ところで与党と野党ってどう違うの?」「マルクスってソ連人でしょ?」「民主党党首って・・・亀井静香?」とかそんな連中が冗談抜きで珍しくない。

なんて人ばかりになったのではないか?

 そして匿名のメールが何を言っていたか。生徒たちの意見そのものに対する批判ではなく、その行動をやめるように教師に向かって命令したものではなかったか。彼らも知っているのだ、意見の内容だけでは批判しきれないということを。だから、中学生が政治に口を出すな、みたいなことしか言えないんだな。
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勉強会会報

 私が参加しているCocoa勉強会の会報Vol.3が出ます。今回は私も記事を執筆しました。
 冬コミで販売、それから通信販売もあります。

 Macのプログラム作りに興味のある人は要チェック。って、ここを読んでいる人のうち、何人くらいが該当するんだろう(^^;

バビロン5 第48話「黒薔薇の幻影」

 原題「PASSING THROUGH GETHSEMANE」
 ブラザー・セオ「許しは非常に難しいことだが、与えようと努力しなければならない、そうおっしゃいましたな」

教師/反面教師

 反面教師ってもともと中国共産党の用語だったって話をどっかで読んだことがある。まあ、それはともかくとして。

 私は中学の頃、担任教師って大嫌いだったんだよね。なんかしらんけど、自分の価値観に合わないものは全然認めないようなところがあって。で、生徒と意見がぶつかると上から押さえつけるような物言いをする。当人なりの正義感からだというのはなんとなく分かるのだけど、その融通の利かなさがたまらなく嫌だった。

 確かに中学生にとって、教師が与える影響ってのは無視できない。だけど、一般的な環境で育った十五歳の人間であればそれなりの判断力も批評眼も持つようになる。そりゃあね、海陽学園みたいに中学からすぐに一般社会から隔離して、外部の情報にアクセスできないようにしてるなら話は別だよ。だけどさ、友達がいて親がいて、他の大人たちもいて、本や雑誌だってほとんど制限なしに読めるしTVだってネットだって見れるだろ。そんな自分の意見を押し付けようとする独りよがりな先生だったら拒絶するんでないの?
 たとえ先生が熱心な共産党員だったとしても、その人物がどうしようもない、尊敬できないような人であればそれは反面教師として生徒たちの目には映るだろう。だから「中学生をなめるな」って言ってるんだけどね。

 その上で、もし批判できるとしたら、この先生が何らかの強制力を使って生徒たちに抗議文を書かせた場合だけど、それを立証した上で批判している人っているのか? 先生が共産党員だったから、なんてのはただの言いがかりだよ。 

 それともこの学校って共産党員の巣窟で、立派な共産党員を育成するために共産党が作った学校なのか? 親も共産党のシンパでなければ入学させないようにしているとか(笑)

 でさあ、愛国心を法律に定めるってのに反対するのは、そういう「上からの強制力で生徒の行動を支配する」ようなことになるのが嫌だからなんだけど。「強制はしない」はずだった国旗や国歌の扱いが、実際はどんなことになっているかということを考えると、それが杞憂とは言えないのではないか?

ディスコっぽいよね/Delicious Hip

 Delicious Hipって知っている人どのくらいいるんだろう。PSY・S解散後にChakaがやっていたユニットなんだけど。funkになるんだろうか、PSY・Sとはだいぶ雰囲気が違うけれど、これもかなり好きだった。

 ディスコなんて今やほとんど死語になってしまった。というかこの曲が作られた時期でもそろそろ危なかったような気がする。なんとなく八十年代バブル期を思い出してしまいそうな曲調。

 この歌、前半は切ない感じの歌詞がずっと続くんだけれど、これが最後で爆発するんだな。そしてこの部分が大受け。 
大好きだったすごく好きだった
でも今わかったの たいした男じゃない
「わかれる」くらい なんで堂々と言えないの
留守電に入れるなんて 根性ないよ 根性ないよ
私も「勉強になったわ」

 もうね、「勉強になったわ」のところが最高なのよ。あーあ、一気に醒めちゃったのね。ここまでずっと思い詰めてたのが嘘みたいにさっぱりと。
 こういうときには朝まで踊ってふっきっちゃいましょうか。

作詞・作曲・編曲:近田春夫

匿名の卑怯者を擁護する人たち(中学生をなめるな)

 昨日のエントリーでとりあげたニュース、水葉さんのところでも取り上げられたのだけど、どうも私が心配したように馬鹿なコメントを書いてくる人たちがわらわらと湧いてきたようである。

 なにが馬鹿なのかいちいち指摘してもいいのだけど、まずは基本的な錯誤から。この場合、この中学によせられた匿名の批判というのはまともな対抗言論になっていない。
 まず一点目。群衆に紛れて石を投げつけるという戦法は、弱者が強者に対して行う行為の場合にのみ許される。ところが、この匿名批判者は自らは”大人”として振る舞っている、”子供”である中学生に対して上から物を言おうとしているわけね。したがって、この時点で批判者としての資格を失っている。前のエントリーで揶揄したように、記名の上に首相に向けて批判を行っている中学生を、匿名の大人が偉そうに諭すという、おまえそれのどこが”大人”だよという大笑いの状況を作ってしまっているのだ。

 そしてもう一点、この人物は卑怯にも中学生に直接向き合うことをせずに、教師や学校に批判を向けている。水葉さんのところに寄せられたコメントには、中学生にではなく教師に向けての批判だから問題ない、という頓珍漢なものがあった。何言ってるんだ、その意見とは異なる意見を持っているのであれば直接その中学生に向けて批判を行えばいいではないか。匿名という有利な位置にありながら、それすらもできない。これを卑怯と言わずして何と言うのだね? 真剣に意見を出した者に対してこの態度は最低と言っていいだろう。もう一度書くぞ、彼女は記名の上、総理大臣に向けて意見を出したのだ。それに真剣に向き合おうとしない奴の戯言に何の価値がある?

 だいたい中学生をなめすぎだ。もう十五歳だぜ、教師の思うがままに操れるとでも思っているのか? そんなことを言っている人たちは自分が十五歳の時はそんなに純真な子供だったってのか?

 そして、この匿名の卑怯者が、”規律”だの”規範”だの”愛国心”だのと唱えるわけだよ。笑っちゃうよね。説得力ゼロだろ。愛国心を醜悪なものにしているのはいったいどこのどいつだね?

愛国心を法律に書くということ

 D_Amonさんのところで知ったニュース。なんですかね、これは?

「教育基本法」改正案に対する「反対の声明文」に対し匿名「抗議文」メールによる「脅迫」

 記名して総理大臣に意見を送ったのは中学生、その中学生を匿名で脅迫したのは大人。すばらしいですね、最近の大人は。なんて立派な大人なんでしょう。きっと中学生のくせに生意気なことを言う今どきの子供を懲らしめようという崇高な気持からやったことなんでしょう。間違っても堂々と名前を書いて意見を言う中学生が嫉ましかったからじゃありませんよ。名前を隠したのは奥ゆかしいからですよきっと? 

 まだ法律になる前からこれだよ。これで法律に盛り込まれたらどうなるんだろう。こんな連中が増えるんだろう。えっ、理屈が見えないって?

 愛情ってのは前にも書いたけれど他人から”持つように”って言われたからって持てるものじゃない。だから、愛情を持ってもらおうと思うのならば、それに相応しい人になろうとするしかない。国とか共同体だって一緒だ。そこが住みやすかったり、居心地が良ければそれこそ自然に好意を持ってもらえるはずだろ。だから、愛情や敬意を得ようとするなら、国なり共同体なりを良くすることでその望みを叶えようとするわけだ。それは大変”愛国的な”行為だと思うのだけどな。

 だけど、法律で「国を愛するように」なんてことを決めたとしようか。そしたらそんな面倒な手順は必要ない。敬愛の感情を持たない人を見つけたら、国に密告してやればいいんだ。そしたら国家がなんとかしてくれる。それで万事解決、いやーラクチンだね。それってただのチクリだけどね。

 こうして面倒なことは国にまかせて”反日的な人たち”を匿名でチクってくれる”自称愛国者”であふれ返ることだろう。”美しい国”ね。いや素晴らしいことです。

LIVE PSY・S Paradise Tour/LIVE PSY・S

 アルバム「ホリディ」時のライブツアー映像なのだけれど、「これは本当にライブビデオなのか?」と思ってしまう。全14曲、それぞれ一曲ごと独立してビデオクリップとして観ることができるほどのクオリティがある。ライブステージ自体が流石組のダンスを交えた、かなり凝った造りになっているのに加えて、曲ごとに多彩なビデオ演出が加えてある。ここまでするか、という感じ。実は帯に「LIVEを超えた映像がここにある!」と書かれているのだが、これが全く誇張ではないのだ。

 もうオープニングのタイトルの時点でかなりドキドキしてしまう。アルバム「ホリディ」と同じく「夏服とスケート」からなのだけど、「Paradise Tour」のタイトルバックまでアルバムのオープニングと同じなのだ。「夏服とスケート」と2曲目の「Friends or Lovers」では立体的に作られたステージ全体を使っての流石組のパフォーマンスが観られる。オープニングにふさわしい明るくて派手なステージ。

 次の「朝~from day to day」ではステージ各所を切り取った画面をずっと横にスクロールさせ続け、「ダブル・ダブル」は全編鏡像を使った効果がかかる。ラスト近く、鏡の中からLIVE PSY・Sのメンバーが次々と現れるような効果がすばらしい。
「景色」になると、不思議なアニメーションの中の不安定な窓の中で歌っているよな絵になる。「最後の楽園」は南流石のダンスとチャカのヴォーカルが常に二重写しになって、官能的な雰囲気になる。

 次は「青空は天気雨」。上の四曲に比べると一瞬普通のライブ映像にも見えるのだけど、でもこれ、いったいいくつカメラ使ってるんだ! そしてライブの定番曲「Woman・S」が流れる中、ライブ会場とフラッシュバックするように楽屋やセッティングやリハーサルの光景が流れる。

 ここでInterludeとなり、画面に広がる星の海の中から小惑星が浮かび上がってくる。そして「Moonshine」へと続くのだが、そのまま星は消えずに残っているのだ。チャカは座って歌っているのに、まるで星空を渡っているように見える。
 続いて可愛らしい曲「宝石の島」。この曲の途中のレイナちゃん登場で客席が思いっきり沸くのだけど、知らないとわかんないよねぇ(^^;

 そして名曲「CHILD」。この曲のライブ映像は他にもあるけれど、これが一番凄いと思った(ちょっとずるいけどね(笑))。ここだけモノクロに変わる画面は、次の「オーロラの不思議な街」で画面を包み込む光のシャワーの演出との見事な対比になっている。

 Interlude以降は少人数での落ち着いた構成がメインだったが、フィナーレの「ひみつ~perspective lovers」は華やかに、すべてのメンバーが揃ってのステージが楽しい。しかし、ここで終わりじゃないんだ。幕が閉じて、エンディングが流れきった後に、アンコールの拍手に乗せて「薔薇とノンフィクション」が始まる!

 一年ぶりに観たけれど、「ちょっとこれ、懲りすぎじゃねえの」と言いたくなるくらいである。非常に残念なことに、これも未だにDVD化されず、現在入手困難とのこと。ああ、なんてもったいないんだろう。

無駄にカッコいいインターフェース

 MacBookを買って今日で四日目。まだ全部は使いこなせていないのだが、やっぱり今までにない機能は試してみたいということで、せっかくリモコンも付属していることだし、アップル製マルチメディアメニューのFrontRowを使ってみることにした。しばらく前から搭載されているこの機能。実は実際に動いているとこを目にするのは初めてだったりする。
 というわけで、軽い気持ちでMacBookにリモコンを向けてメニューボタンを押してみると……うわっ、なんだこれ(笑)

 デスクトップが奥に引っ込んでいきながらフェードアウトし、メニュー画面が手前に回転しながら浮かび上がってくるという演出に素で驚いてしまった。たかがメニューを出すためだけにこんなに派手な効果をつけるとは! さすがApple、こういうところには手を抜かないな。

 そういえば、次期OSのLeopardにはTimeMachineという自動バックアップ機能がつくのだが、WWDCでお披露目されたそのインターフェースも、むやみやたらとカッコよかった。今やビデオカードもCPUもやたらと強力になってしまい、メールを書いたりWebを見たりするにはかなりのオーバースペックになってしまっているのだが、こんなところにそのパワーを使ってしまうというのがAppleらしいところだよな。ま、その分堅めのユーザーには嫌われるんだろうけど。

ウルトラマンダイナ 第二十話「少年宇宙人」

 この話、単発のエピソードとしては全ウルトラシリーズの中でも一、二を争うくらいの名エピソードだと思う。実は、ダーウさんのところの感想を読んでいるうちに、久しぶりに見返したくなったのだった。

 太陽系から遠くはなれた氷の惑星ラセスタ。この星が消滅するところから物語は始まる。この事件は地球に住む三人の少年の未来を変えてしまうことになる。
 地球に住む平凡な小学生のサトルは、実は惑星ラセスタから地球に移住してきたラセスタ星人だった。母星が消滅したことによって、彼は友達や母親と別れて、同じように他の星々に移住していた仲間たちとともに、新しい母星を探しに出発することになった。
 サトルの友達、たっちゃんとみのっちは、サトルが宇宙人であったことに最初は驚くが、彼の旅立ちの力になろうとする……。

 一人で旅立っていかなければいけないサトルとそれを見送る人たちの姿に、涙もろい人なら大泣きするであろう。私はあまりドラマなんかで泣かない方なのだけど、これはかなりヤバイ。かといってそんなにあざとい”さあ泣け”という演出ではない、むしろ押さえ気味かな。ほとんど涙は見せないし。このエピソードのために新たに録音された、矢野立美さんの音楽がまたすばらしいのだ。

 サトルが宇宙人であることに、一度は驚いて怖くて逃げ出してしまったたっちゃんやみのっちが、サトルの恐怖や孤独を思って戻ってくるところがいい。不安でたまらなかったであろうサトルにとってどんなに嬉しかっただろう。その後はもうまったく以前の友達どうしに戻ってるんだよね。
 
 サトルたちに出された作文の宿題のタイトル「僕の未来」がそのままこのエピソードの主題になっている。たっちゃんやみのっちの励ましを受けてもまだ、タイトルだけで本文が書けなかった作文の宿題と、残ってその原稿用紙を見ることになるサトルのお母さん。このエピソードでウルトラマンはそんなサトルの旅立ちを助けるために登場する。倒さなければいけない”敵”なんてものがまったく出てこない、ウルトラマンとしては異色作のはずだけど、確かにウルトラマンのエピソードとして成立しているんだ。

 物語のラスト、大きくなったら宇宙飛行士と科学者になってサトルに会いに行くことを誓うたっちゃんとみのっち。ダーウさんが感じたように、不安に押しつぶされずに旅立っていったサトルに負けないように、胸を張って会えるようにとの思いもあったのかもしれない。

やってもうた(笑)

今日の帰り道、秋葉ヨドバシに寄ってきたのだが、

あははは、やっちゃいました。売ってるとは思わなかったよ(笑) とりあえずメモリだけ2Gに増強して、アップルケアをつけて。
というわけで、新しいので更新。
第一印象:液晶が明るい。速い……かどうかは、まだそんなにパワーを使ってないので実感がわかない(^^;

うわぁ

 そろそろ出るという噂のあったCore2 Dou搭載のMacBookが昨日ついに発売になった。外見はほとんど変わらず、一見マイナーチェンジっぽく感じるものの、お値段据置にしてはかなりお得感のある魅力的な製品になっている。
 変わったポイントとして一番大きいのはもちろんCPUの変更だが、エントリーモデル以外はその他にも
(1)スーパードライブが二層式DVDに対応
(2)メモリの標準搭載量が512Mー>1Gに(最大搭載量は変わらず)
(3)ハードディスク容量もアップ
 そして、変わっていないように見える外見も、厚さ1インチとスリムに。
 
 MacBook Proとの違いは、
(1)画面解像度
(2)ビデオカード性能
(3)FireWire800の有無
(4)CPUクロック
 ということになる。しかし、これらを考慮したとしても最上位モデルで179,800円という値段は魅力的だ。コストパフォーマンスを考えれば白を買った方がお得なんだが、やっぱり黒が、黒がぁ(笑)
 実は半分くらいMacBook Proを買うつもりになりかけていたところだったのだが、今MacBookの黒モデルとどっちにするか真剣に悩んでいる。あの黒はかなりかっこいいからなぁ。

 そういえば、iPodと同じく赤モデルが出るという噂もあるんだけど、本当だろうか?

バビロン5/第47話「リミットは24時間」

原題「A DAY IN THE STRIFE」
イワノバ「相変わらず苦境でも前向きですね」
シェリダン「もちろんだ、君みたいになったら困る」

煽られてます

 ついこの間発売になった新しいMacBookPro、レビュー記事もぽつぽつ出るようになってきたのだけど、かなり良さそうな感じ。例えばこんな記事とか。それにあんまり熱くならないらしい、という話も。前のはかなり熱を持ったという話だったからね。

 大手メディアのレビューは、もともとそんなにネガティブなことは書かないからそこは割り引くとしても、それでも書き手が本当に魅力を感じていることは伝わってくる。(もっとも、アップル製品の場合は、最初から思い入れがある人が書いていることが多いから、そこもちょっと割り引いた方がいいんだけど)

 と、一所懸命に自分に言い聞かせないとならないくらい、ちょっと煽られている。最近、私のiBook調子悪いんだよなぁ。DVDプレイヤーとか。

 そろそろ、個人で手に入れた人がレビューを書き出す頃だから、その評判によっては……

バビロン5/第46話「爆破予告」

原題「CONVICTIONS」
ロンド「セントーリ人は何人で電球を取り換えると思う?」

チャカさんのライブ、行ってきました。

 昨日は立川ジェシー・ジェームズでチャカさんのライブを観てきました。ライブは夜7時30分からだったのだけど、mixiのPSY・Sコミュで知りあった人たちと一緒に昼過ぎから遊んでました。人生初立川(笑)だった私は、モノレールが走っていることに驚いたり、昭和記念公園のとてつもない広さに感動したり(私が犬なら走り回っていることだろう)、立川中華街ということろで麻婆豆腐を食べたり、ワンコーラスだけのカラオケをしたりしながら、ライブ開始までまったり過ごしてました。

 そして、ライブ開始。最初はインストの曲からはじまって、やがてチャカさん登場。いやぁ、何年ぶりだろう、ライブでチャカさんの歌声を聴くのは。やっぱり私にとってはNo.1のヴォーカリストであることを再確認しました。チャカさんって、英語の歌の時には、この歌の歌詞はこういう意味なんだよ、って解説してくれるんだよね、それがすごく好き。

 ステージは二部構成で、第一部と第二部の間には、チャカさんと一緒に写真も撮ってもらえて、とっても密度の濃い一日でした。思えば今年は、種ともこさんといい、遊佐未森さんといい、ライブで、それもすぐ目の前といっていいくらい近くで歌声を聴くことができたんだよな。なんか嬉しい。

バビロン5/第45話「レンジャー救出作戦」

原題「MASTER OF HONOR」
シェリダン「準備が不足しているなら、経験で補うんだ」

自由主義史観ねぇ

 ハムニダ薫さんのコメント欄でのやりとりに端を発して、大戦中のフィリピンと日本の関係についておさらいなんてのをやった。そのためだろう、カマヤンさんのエントリー経由で知ったこのページのあまりのひどさに呆れてしまった。そして、恐らくは自由主義史観者を名乗る彼らには、久々さんたちのような人たちを作り出してしまった責任があると感じた。

 具体的にはこのページの「3.フィリピンでの残虐行為」の部分である。投稿の文章もちょっとおかしいところはあるのだが、それよりも回答の外しっぷりがものすごい。最初の投稿ではフィリピンで行われた残虐行為が教科書から外されているのではないか、ということが言われているのだが、
それに対する回答がこれ、
最初に、太平洋戦争中のフィリピンの戦場において多くのフィリビンの人々が犠牲になったことに心より哀悼の意を表します。

 最初のこれはいいとしよう。しかし、このあとを読んでいくと、全然心がこもっていないことがよくわかる。
 
戦争は相手がいなければ、スタートすることができません。両方がお互いに言い分があります。

 とそのあとに、アメリカの原爆投下や都市への空襲、ソ連の満州侵攻で日本の民間人が数十万人犠牲になったことを言い出す。それはアメリカとソ連に言えよ、そんなことフィリピン人に言ってどうするんだ?

 そうやって被害者ぶったあげくに、
人々はいつまで過去を暴き立て互いに憎しみ合うのですか?
それを修正するために平和条約や賠償協定が結ばれるのでしょう。

 これである。それは加害者が言っていいことじゃないぞ。そして最後はこう締める。
第2字大戦において日本のもう1つの目的は白人支配を終わらせることであり、人種差別を無くすことでした。日本は負けました。しかしこの目的は達成することができました。

 前にも書いたが、フィリピンは日本の手を借りることなく独立できたはずなのだ。何を寝言を言っているんだか。私がフィリピン人だったら、こんな回答もらったら確実に怒るね。
 
 でまあ、当然のごとく続けて投稿がくるわけだ。虐殺はアメリカとの戦闘の過程で起きたのじゃない、日本の占領統治下で起きたのだ、と。そしてこの回答もすごい。
申し訳ありませんが、私は貴方が言われるフィリピンにおける日本兵の残虐行為につ いて、詳細は知りません。

だったら調べろっての。もうこの時点で取っている態度が歴史家のものじゃないね。それは、後半の、「第2次大戦で多数のフィリピン人犠牲者が出た事については、深く哀悼の意を表します。」から始まる部分を読んでも明らかだ。彼らは知られざる歴史を知りたいのではない、自分にとって都合の悪い歴史に目をつぶりたいだけだ。アメリカ兵、ソ連兵、イギリス兵の残酷さ、それはそれらの国の人間の残酷さということではない。軍隊や戦争の残酷さということなんだ。それを世界にPRすることをなぜためらう。

 最後の投降に対する回答もひどいね。米軍の反攻が始まってからの虐殺についての投稿なのだが、悪いのはそんな戦法を考え出した中国軍だと言いたいらしい。中国兵の残酷さをPRする分にはなんのためらいのないわけだ。

 もっともこれは、6年も前に書かれたものだ。今さら突込みを入れるのもどうかという気もしたのだが……今年の2月のこちらの投稿と回答(3.フィリピン人の日本感)を読んでしまうとやはり気になる。

 ネット上では「反日なのは中国、韓国、北朝鮮の特亜三国だけで、東南アジアは親日」とか書かれているのをよく見かけるのだが、そうでもないようだね。さて、この人、フィリピンが反日なのは華僑やアメリカの教育が原因だと考えているようだが、そうだろうか?

 戦争中に日本がフィリピンに対して行ったこともそうだが、それに対してこの「自由史観研究会理事 杉本 幹夫」という人のような認識を持っている日本人がいることは十分に反日の原因になると思うぞ。あと、戦時中の話だけではなく、戦後の日本とフィリピンの関係についてもちゃんと知っておいた方がいいのではないか? この人たちはずいぶん日本にとって都合の良いように脚色してしまってないだろうか。

 しかし、

「日本がフィリピンを植民地にしていたら、フィリピンは今頃経済大国だよ」

 よくこんなことが言える。友人達が沈黙したのは呆れたからではなかろうか?
 考えてみようね。
・日本はフィリピンを占領統治していた。
・連合軍(といいつつ実質はアメリカ)は日本を占領統治していた。
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