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虹の女神 Rainbow Song

 プロデューサーが岩井俊二、主演に上野樹理、主題歌が種ともこ、さらに蒼井優も出演ということになれば、もう見るしかないなんて思っていたのだが、種さんのウタイツガレルウタを聴いたらもう我慢できずに今朝の一回目の上映を見に行ってきた。

 実は、見に行く前は映画の感想と歌の感想それぞれ個別にエントリーにしようと考えていたのだけど、これは一緒にしたほうがいいと思った。というのも、歌と映画、虹をテーマにしたこの二つの作品、もともとは全く別に作られたもの。ところが映画製作中の岩井俊二プロデューサーが「The Rainbow Song」を聴き、その世界観が「虹の女神」のそれとあまりにもぴったりであったために映画の主題歌に選ぶことにしたそうだ。映画のサブタイトルが「Rainbow Song」なのもそのため。そして、「The Rainbow Song」の方にも今回「虹の女神」というサブタイトルがついた。

 そう、だからこの映画、エンドロールで主題歌が流れ切るところまで席を立ってはいけない。いやもしかしたら、このエンドロールを見せるためにそれまでの長い物語を語る必要があったんじゃないか、そんなふうにさえ思えてしまった。

 主役の二人、佐藤あおいと岸田智也を演じた上野樹理と市原隼人も良いのだが、あおいの妹、かな役の蒼井優もやっぱり良い。この三人のおかげで浮いたところのない実に誠実な映画になっている。しかし、智也の姿は同性としてはつらいな。誰でも身に覚えがありそうな感じ。二十代前半の男って結構情けないよな。

  見終わった後、ヒロインの佐藤あおいがフィクションの登場人物という感じがしなかった。映画館を出てから家につくまでは「The Rainbow Song」の方をずっと繰り返し聴いて、その一フレーズ一フレーズに彼女の存在を感じてしまったりもした。たとえばこんなフレーズ。
いつか思い出すね 今日の景色すべて
なぜかせつないほど懐かしくなるはず
駆け出す光
プリズムくぐり七色にボクの心染める

 この映画のヒロイン、佐藤あおいが選んだ映画という表現方法は、光をフィルムに焼き付けることで作られている。フィルムは映写されることで光に戻ってそれを見た人の心を染める。彼女が残した自主映画「The End Of Wold」のように。

 身近にいる大切な人を失うこと、失ったことで初めてその人の大切さに気がつくこと、それは悲しいことではあるけれど、「The Rainbow Song」の最後のフレーズはこうなんだ。
追いかけたこと
探してたもの
色あせてゆくけど
消えない虹を胸に包んだら
One Sweet Dream Has Come True
静かに今


「The Rainbow Song ~虹の女神~」
作詞・作曲・編曲;種ともこ
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ウタイツガレルウタ/種ともこ

 種ともこさんのソニー時代の曲の自選ベストアルバム。全曲リメイク+おまけとしてライブバージョン二曲入りの全15曲のアルバムだ。
 このアルバムでは各曲しっとり聴かせる感じのアレンジになっていて、やっぱり今の季節にあっているような気がする。選曲は昔の曲中心なので、懐かしく感じる人も多いのではないかな。私は今でも割と頻繁に聴いているのでそんな感じはしないのだけどね。しかし、聴きながら一緒に歌える歌ばかりと言うのは結構嬉しい(^^)。

 全般的に落ち着いた感じのアレンジになっているので、原曲では、はじけるような勢いが魅力だった「ゲンキ力爆弾」や「Pumps Race Song」はまた違った印象を受ける。悪くないけれど、やっぱりもうちょっと爆発して欲しいような気もする。”爆弾”に”Race Song"なんだし。

「The Rainbow Song」にはオリジナルにはなかった「虹の女神」というサブタイトルがついているけれど、この曲、同じタイトルの映画のテーマソングになっているんだよね。見に行こうと思っているけれど、曲を聴いていたらすごく楽しみになってきた。

 あと、「瞳の中の少年」「夏・ハレーション」の二曲が良い。どっちもオリジナルの時から好きだったけれど、なんだろう、一回りグレードがあがった感じがする。

 おまけのライブバージョンは「スナオになりたいね」と「Pumps Race Song」の二曲。「Pumps Race Song 」にはゲストに遊佐未森さんが参加しているという豪華版である。

収録曲
スナオになりたいね
Pumps Race Song
The Rainbow Song ~虹の女神~
ゲンキ力爆弾
瞳の中の少年
不思議な樹
夏・ハレーション
水の中の惑星
笑顔で愛してる
Mighty Love
It Must Be Love
あの頃アタシもカナコも
You're The One
おまけ
スナオになりたいね(Live)
Pumps Race Song(Live With 遊佐未森)

やるではないか

 ずっと携帯音楽プレイヤーでアップルiPodの後塵を拝してきたソニーだけど、最近はなかなか良い製品を出すようになってきた。そんななかでも、昨日眼に止まったこれはかなり魅力的な製品だと思う。正直言って、ちょっと欲しい。何といっても、パソコンを使わずに携帯音楽プレイヤーを活用できるというところが大きい。今までどうしてもパソコンを中心に置いたシステムとなることで敷居が高くなっていたことは否めない。結局のところ、パソコンというのはまだ”家電”にはなりきれていないのだ。

 中でも、ラジオ録音機能はユニークかつ魅力的な機能だ。TV番組の録画に関してはHDDレコーダーによって今までのビデオテープを使ったものとは使い勝手が大幅に向上し、ユーザーのTV視聴の仕方さえも変えてしまったのに対して、ラジオについてここまで考えたシステムは作られていなかった。何より、ネットジュークを使って録音した番組をウオークマンで持ち歩いて好きな時に聴ける、というのが嬉しいではないか。

 iPodの驚異的な成功に目がくらみ、アップルの戦略の後ばかりを付いて歩いていったこれまでの戦略では駄目だということに気がついたのかもしれない。あと二年とは言わず、一年早ければここまでiPodの1人勝ちにはしなかったと思う。去年のiPod nanoにぶつけた発表がこれだったら良かったのに、なんてことを思った。

免罪のロジック

 先日のエントリーでも触れた久々さん、どうやら日本軍を免罪したいらしいのだが、そのロジックが穴だらけなのだ。まずは一点目。
>解剖は軍医が衛生兵の医療実習として個人裁量で行ったとみられる。
あの、これって「日本人が外国で犯罪を侵した。だから日本人は残虐だ」というのと同じことですよね。
軍医の独断ですし。

 まさか趣味で生体解剖をしたとは思えないので、当人としては軍務の一環のつもりであろう。さて、これは普通の会社でも一緒なのだが、構成員が職務遂行の過程で違法行為をしたら、その組織は管理責任を問われる。職務遂行上守らなければいけない法律を教育していたか、違反をチェックする機構はあったか、違反者はきちんと摘発され相応の処罰を受けているか、違反せざるを得ない環境や、違反を黙認するような環境になっていないか等々、組織がチェックし、しかるべく行動すべきことは多々ある。日本がジュネーブ条約を結ぶということは、単に書面にサインしてあとは違反者を軍法会議にかけて処罰していればいいってわけじゃないのだ。軍医が独断で行ったことであっても、彼の行動を止められなかった軍の責任は(多少に関わらず)必ずあるのだ。
 また、久々さんのコメントのこの部分、
これって「日本人が外国で犯罪を侵した。だから日本人は残虐だ」というのと同じことですよね。

 これは彼が、「組織の責任を追及すること」と「ある集団を差別すること」を混同していることを示している。「日本兵が残虐行為を行った」から「日本軍の責任を問う」のであって「日本人は残虐であると非難する」のではない。この二つを混同させることで、日本軍を免罪しようとしているのだ。(久々さんは、これとほぼ同じ論法を全く逆方向にも使っている、機会があったら紹介してもいい)

 さてもう一点、残虐行為自体に言及したコメントがある。
使ってるのがスパイやゲリラなどのジュネーブ条約違反してる人間だからね。
何処の国でもこういうやつらは即死刑が拷問だったし、当時としては普通。
無駄に殺すぐらいなら、解剖とかしても問題ないんじゃね?
現に後の医学にかなりの有益を残したし。

 コメント中の「ジュネーブ条約違反」については「ジュネーブ条約保護下には無い」の間違いで、久々さんは後に私からの指摘を受けて修正している。だが、このコメントはひどいものだ。ジュネーブ条約がどういうものであるかを全く理解しないで書いているとしか思えない。(そのくせ条約違反者は即死刑か拷問になっても文句は言えないらしい。だとすると一番危ないのは久々さん自身だと思うが)

 ジュネーブ条約は、始め傷病者保護のための条約として作られた。その後、何度かの改定によって次第に保護の範囲を広げて、現在は捕虜、戦時下の文民保護までを含む国際条約となっている。その基本理念は「戦争遂行中の軍隊は、戦えない者、および戦わないことを選んだ者を可能な限り尊重し保護せよ」というものだ。

 だから、たとえこの条約に対する違反者が出たとしても、裁判にもかけずに即処刑したり、拷問にかけたりすることは法の理念に反することになる。つまり、ジュネーブ条約を正しく理解しているのであれば「ジュネーブ条約違反してる人間だから、生体解剖されてもしかたがない」なんて主旨のことは口が裂けても言えないはずなのだ。

 また、このように「スパイの疑いがあるものは拷問にかけ、少しでも疑いのあるものは処刑する」などという方針が、日本軍をどのような窮地に追い込んだかについては先日のエントリーで述べたとおりだ。道義的な見地だけではなく、戦略的な見地からしても愚かな方針であったと言わざるを得ない。

 久々さんとしては「本音と建前」と書いているように、偽善を暴いているつもりかもしれないが、あまりにも見識が浅すぎる。実社会はそこまで無法地帯ではないよ。

もしかして、知らないのだろうか?

 ハムニダ薫さんのこのエントリーに色々と妙なコメントを入れている久々さんという人がいる。このニュースって戦争中に日本軍がフィリピンでやったことについての知識がある程度あれば、たくさんあった住民虐待/虐殺の中の一つの事件として受け止めると思うのだが、どうもこの人は違うみたいだ。

 一口に東南アジア諸国なんていうが、それぞれの国によって事情も違っている。日本軍が掲げたアジア解放という表看板との齟齬があまり大きくなかったインドネシアなどと違い、フィリピンの場合はアメリカとの関係は良好だった。また、日本軍がやって来なくても独立するはずだった。だから八紘一宇だの大東亜共栄圏なんてお題目には冷淡だったそうだ。そして軍政を敷いたものの、物資の強制調達や経済政策の失敗なども有り反感を買うようになる。日本への反感はアメリカと協力しての抗日運動となる。

 これは考えてみれば当たり前で、大方のフィリピン人にとって日本の占領は何のメリットにもなっていないのだ。ところがしぶとい抗日運動に悩まされた日本軍は、現地住民への厳しいしめつけでこれに対応することになる。これがますます反発を招くから完全に悪循環に陥ってしまう。占領地で現地住民を敵に回すようなことをしたらどういうことになるかといういい見本だ。
 やがて米軍の反攻が始まり、フィリピンは太平洋戦線最大の激戦場になる。もっとも日本軍は米軍の再上陸前に、抗日ゲリラによってかなり追い込まれていたようだけどね。
 それでも決戦ということでフィリピンに戦力を集めようとするのだが、既に制空権も制海権も失いつつある状態での輸送は困難だった。なんとかフィリピンにたどりつけても弾薬も食料もないという戦力以前の状態。ここでも日本軍は大量の餓死者を出すことになる。

 同じように大量の餓死者を出したニューギニアのような未開地とは違い、フィリピンには多くの人々が住んでいた。飢えた日本軍が略奪に走るのも無理は無いのだが、やられる方にしたらたまったものではない。こうなると、もう山賊と一緒だ。アジア解放を謳った軍隊の成れの果て……。

 事実関係はこれから明らかになって行くのだろうが、この人体実験というのはこういう経緯の中で起きた事件である。日本軍がフィリピンでやらかしたことを知っていれば、これは軍医の独断だから日本軍に責任は無い、なんてアホなコメント書けないと思うがね。

 私としては、こうやって日本軍を擁護しようとする人の気がしれない。なんつうか、駄目すぎて救いようがない。現地住民だけじゃない。馬鹿な作戦に投入されて空しく死んでいった日本兵だって被害者だ。日本軍の責任を追及しなくてどうするよ。こういう人が靖国で「英霊に感謝」とかやっているのかと思うと、つくづくインチキ臭いと思うよ。
 

高価な玩具

 いや、これのことじゃなくて(笑)
 こっちのエントリーで,
 あのやたらとだだっ広い国土を持ってたソ連でさえ、固定のミサイル基地では安心できなくて、原潜に積んでおいたりしたんだが、さすがに日本じゃそんなことできないだろ

こんなことを書いたのだけど。コメント欄でロストさんからそう思う理由を質問されたので、答えてみる。

(1)保有の問題
 まず、どうやって手に入れるか。自力で開発するか、どこかから買うことになる。しかし、戦略ミサイル原潜なんて汎用性が全然ない上に高価な兵器を自主開発するのはコストパフォーマンスが悪すぎる。確かに日本の潜水艦技術はトップレベルだけど、艦船に積み込める原子炉を開発することから始めないといけないし。

 じゃあ、買えばいいかというと、はたしてアメリカが売ってくれるかどうか。攻撃型ならもしかしたら売るかも知れないけど、いくら同盟国だからって戦略ミサイル原潜なんて売らないだろう。ライセンス生産なんてもっと望み薄だ。
 いっそのことロシアから買う? もしかしたら一番安上がりに手にいれる手段かも(^^; でも、それ乗りたいかな?

 安上がりで手に入る報復戦力ってところに価値があるんだから、あんまりコストがかかるのは本末転倒じゃないかと思う。もし持つとしたら最低でも三隻くらい必要なはずなんだよね。

(2)運用の問題
 原潜を持ったとしても、結局基地に配備した時と似たような問題がある。それは母港をどうするかということ。実は場所の制約はミサイル基地より母港のほうが大きい。メンテナンスの設備を備えなきゃならないとなると、ある程度の規模は必要だ。これも万一を考えるとひとつじゃ不安だし。

 もしこれらの問題を全部クリアにしたとしても、就役したあとどこで任務につかせるつもりなんだろう。兵器の性格上、日本領海に置いとくわけにもいかないだろう。とすると公海に? まあ確かに日本が核武装することを選択する衝撃にくらべれば今さらかもしれないが、さすがにこれは抑止力と見なすには脅威が大きすぎる。他国の反発を買うのは必至だろう。下手すると北の将軍様の国のように孤立する危険すらある。

 というのが、私が無理じゃないかと思う理由。こんなもんでしょうでしょうか?

五周年だそうで

 iPodが誕生してから昨日で五周年だそうだ。まだそれだけしかたっていないというのは、ちょっと不思議な感じがする。それだけ定着したんだろうね。いまやAppleといえばMacより先にiPodを思い浮かべる人の方が多いんじゃないだろうか。
 しかし、思い出せば、当時「革命的なデバイス」とか言って発表されたものの、聴衆の反応はいまひとつ、って感じだった。ちょっと高級なMP3プレイヤーって感じで。(しかし、その日のうちに注文したんだよなぁ)

 今になってみれば確かに「革命的」って言ってもそんなにおかしくはない。やっぱり、手持ちの音楽ライブラリをすべて持ちだせる、っていうのは凄かった。すっかり音楽の聴き方が変わってしまった。私は長距離通勤なのでかなり恩恵を受けている。もはやiPod無しではいられないくらい。

NXT

レゴ・マインドストームの新しいバージョン

とりあえず、クイックスタートキットを組んでみたところ。これにはまだセンサー類は付いてない。単に言われたとおりに動くだけ。普通のリモコンとあんまり変わらない(笑)
おいおい、いろいろ試してみるつもり。

盲目ではいられない

「盲目の時計職人」……これも「カンブリア爆発」と同じように、古生物学や進化論に興味のある人たちには良く知られている言葉だろう。もちろんドーキンスによって書かれた進化論についての解説書のタイトルなのだけど、ダーウィンによって提唱された進化論そのものについてのすぐれた比喩にもなっている。未だにこの進化論については否定的な主張をする人たちも多いのだが、私としては現時点で最も信頼のおける仮説だと思える。

 生物というのがあまりにもうまく出来ているために、知性を持った存在により何か目的を持ってデザインされたのだ、と考えたくなる気持ちは実は良くわかる。しかしそれは、生物が自らがおかれた環境に対して適応してきたごく小さな変化の積み重ねによるものだ。変化はその時々の環境に対応したものであって、何かの目的に向かって進んできたわけではないのだ。「盲目の」という言葉はそのことを示している。

 生物進化に関するもう一つの比喩に「軍拡競争」というのがある。これについては、生物を進化させる環境の中には、同じ時代を生きている他の生物も含まれている、というのがポイントになる。捕食者と被捕食者との間で行われるものが顕著な例だ。捕食者側の攻撃能力の進化に対応するために、被捕食者側の防御能力もそれに合わせて進化してきた。人間の世界における軍拡競争と全く同じことは、生物界でも古くから行われてきたのだ。以前に紹介した眼の誕生も、この前提で書かれている。視覚――つまり光の刺激を空間認識のために利用する機構――と言うのは、生物界では非常に大きな力を持っているということなのだ。

 ところで、人類が手に入れた「知性」というのもまた一つの力だ。そして、恐らくは40億年の進化の果てに現れた生物界では最強の力ではないかと思える。これまでは突然変異と自然淘汰による小さな変化の積み重ねで実現してきた環境への適応を、物事の因果関係を読み取ることによってはるかにスピードアップすることが出来るようになったのだ。視覚によって得られるものよりもはるかに遠くまで見通せるようになり、把握することの出来る時間的なスケールも拡大した。

 だが、本当にこの知性というのを使いこなせているのだろうか。実は眼の誕生に匹敵する巨大な変化が起きているのに、依然としてこれまでのような「盲目的な」適応にしかその力を使えていないのではないか。生物界の軍拡競争は地質学的な時間をかけてゆっくりと進行してきた。だが人間界のそれは遥かに早く、生物進化に比べればほとんど一瞬と言っていいくらいの速度で進んでいる。その影響もまた桁違いなのだ。知性という眼を開いてしまった以上、もう盲目には戻れないと思うのだけど。
 

Honoka/遊佐未森

 しろにゃさんのところで紹介されていたアルバム。CDの方は製造終了だそうだが、iTunesでは売っていたので買ってしまった。
 以前から何度も書いているのだけど、彼女の声は絶品。特に澄んだ高音の美しさはちょっと他に比べられる人がいないんじゃないかと思えるくらいだ。このアルバムではちょっと神々しさまで感じさせてくれるところもあった。
 圧巻は月の浜辺~カシス~Diveと三曲続くコーラス曲。声だけで酔ってしまいそうである。月の浜辺の朗読も良いのだ。しろにゃさんは「深まる秋を感じるような」と書かれているけれど、本当にそんな感じ。こんな秋の夜にはゆったりした気持ちで聴きたくなるアルバムだ。


???? - Honoka


収録曲
Orange
I'll Remember
遠いピアノ
通り雨
小さな桟橋
月夜の浜辺
カシス
Dive
クレマチス
Pie Jesu
Leaf

体組成計

 最近の体重計は、体重と体脂肪だけでなく色々計れるというのは知っていたのだが、減量を始めてからそのあたりも気になりだして一台買ってしまった。今使っている体重計の体脂肪率表示が、誤差と呼ぶには大きすぎる変動があるので、いまいち信用できないというのもあったし。
 計れるものは体重と体脂肪率の他に、骨格筋率、内臓脂肪レベル、基礎代謝、BMI、あとそれらを総合して体年齢を判定してくれる。
 ちょっと驚いたのは、重力加速度の影響を補正する必要があると書かれていたことだ。緯度によって重力加速度が変わるので、使っている場所によって設定を変える必要があるんだそうだ。そんなに精密な機会だったのか。
 さっそく計ってみたところ、体脂肪率がやや高めだったけれど、まあまあ標準値、体年齢も実年齢よりやや若かったので、ちょっと安心。
 でも、これで油断すると元に戻るような気がする(^^;

【色彩バトン】

 よしつぐさんからいただいた色彩バトン。つい最近読んだ本に、生物界における色彩の意味なんてことについても考察されていたので、なんだかタイムリー。
 よしつぐさんから見た私のイメージは白だそうで、ちょっと意外な感じも。やっぱり次のオフでは白衣を着て行くか(違)

■好きな色は?
 黒と銀。メインとして使われるのでなければ赤も好き。その筋(?)の人に言わせると一口に黒って言っても色々あるみたいだが、色に関する語彙が少ない私には自分の好きな黒を説明できなかったりする。
■嫌いな色は?
 特にこの色が嫌い、とか意識したことはないのだが、黄色い服がほとんどないことに今気がついた。一着だけあるけどおみやげで貰ったものだし、一回くらいしか着たことがない。
■携帯の色は何色?
 白です。こちらに写真が
■あなたの心の色は何色?
  もちろん、汚れなき純白……なわけないか(^^; ガスの炎のような青色とかはどうでしょう? って誰に聞いてるんだ?
■回してくれた人の心の色は?
 紫。いや、なんとなく(^^;
■次の7つの色に合う人を選んでバトンを回して下さい。
 一度はお会いしたことのある人から選んでみました。でも全部は埋められなかった(^^;
黒・・・ がみさん
緑・・・ うーん、ちょっと思い浮かばない。
青・・・ ただ師匠
白・・・ ささきゅさん
ピンク・・・ ひろぶー
オレンジ・・・タコラさん
水色・・・ユージさん
 根拠は聞かないで、思いつきだから(笑)

 結構難しかった(^^;

赤いiPod

 私も買ってしまった新しいiPod nanoだが、スペシャル版として赤いiPodが発売になった。リンク先にもあるように、購入金額の一部が「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」に寄付される(ただし、値段は通常版と同じ)
 これで新iPod nanoのカラーバリエーションは赤、黒、青、緑、ピンク、シルバーの6色になったわけで……惜しい(笑)
 

かつての愛機

エキサイトでAppleウィキというWeb上のアップル博物館が始まっている。今までアップルから発売されてきたコンピューターやソフトやその他色々乗っていて、眺めていると懐かしい。
私もさんざん色んな機種を渡り歩いてきたのだが、今まで持っていた中で一番満足度が高かったのがこのPowerBookだった。
PowerBook (FireWire)
 まず第一にスタイルがカッコいい。まあ、多少の(?)ひいき目は入っているだろうが、ちょっと座布団を思わせる曲線的なデザイン、使用中は光って見えるアップルマーク、そしてすっきりとした背面。特に背面のデザインは、他のメーカーのパソコンではめったに見られないくらい美しい。(これはアップル製のノートパソコンはみんなそう。だけど、PowerBookG3系の背面はその中でも特別)
 だがカッコだけのパソコンではない。当時としてはデスクトップ機と比べての遜色がないくらいのCPUを積んでいた。実際、使っていてほとんど性能面でストレスを感じたことがない。拡張スロットが一基しかないところが物足りないように思う人もいたようだが、LANもモデムも標準で付いている上に、無線LANが内蔵できたし、FirewireとUSBが二基ずついていたから、実際はほとんど拡張の必要はなかった。
 拡張性ということで言えば、取り外し可能な拡張ベイがあった。標準ではDVD-ROMが入っているのだが、ここにハードディスクやMOドライブなどを組み込むことが可能だった。
 バッテリーの持ちも良かったのだが、さらに拡張ベイに二つ目のバッテリーを装備可能だったので、バッテリー駆動時間を倍増させることが出来た。
 ついでに、蓋を閉じた状態でキーボード、マウスとディスプレイを接続することで、デスクトップのように使うことができた。そして、ビデオ出力があるので、普通のTVがあれば簡単にプレゼンもできたのだ。
 唯一、欠点と言われたのがその大きさと重さだったのだが、実は同時期の他のノートパソコンで、これだけのスペックを持ちながら3kgを切っていたのはなかったように思う。

 そんなわけで、いつも持ち歩いていた相棒みたいなPowerBookだった。今はもう手放してしまったのだけど。

どこに置くつもり?

 北朝鮮が核実験実施という暴挙を行ったのだが、これを契機に核武装論がまた声高に言われるようになるのだろうか。軍拡競争は三方一両損戦略だから、体力の一番低い北朝鮮が真っ先に落ちるのはいいとして、日本もそんなに余裕こいてらんない。単純に練度と装備だけで考えれば日本の自衛隊は東アジア最強だとは思うけれど、エネルギー供給面の不安を払拭するのと、他国の弾道核ミサイルへの対抗手段(報復戦力)として核武装する、という理屈はわからんではないのだが。

 じゃあ、核武装したとして、それ、いったいどこに配備するんだ? 「うちの近所に核ミサイル基地が出来た、それは頼もしい、これで我が町も安泰だ」……なーんてことは絶対に考えないでしょ? そりゃ戦争になったら真っ先に狙われるのが分かり切ってるもんね。
 あのやたらとだだっ広い国土を持ってたソ連でさえ、固定のミサイル基地では安心できなくて、原潜に積んでおいたりしたんだが、さすがに日本じゃそんなことできないだろう。そしたら国土のどっかに置いとかないといけないんだけど、どこに置くの? これ核武装論者に一回聞いてみたかったのだけど、だれか答えてくれないだろうか?
 

ひねくれ者の見る夢は

 夢の中で「これは夢だ」と気付くこと。これはわりと良くある話。夢から醒めたらやっぱり夢だった、これも結構あるよね。私も3層くらいまでは経験あるし。

 今朝見た夢はちょっと面白かった。途中で夢だと気がついたのだけど、まあいいや、と思って(?)そのまま眠っていた。そしたら身体がどこかから落ちた感覚がする。そうか、寝ている間にベッドから落ちたんだぁ、などと考えながらやっぱり寝てた。
 ん? でもちょっと待て。ベッド? 私は畳に布団を敷いて寝ているはずじゃなかったっけ。じゃあ、さっきの落っこちる感覚は? あれも夢?

 というわけで、夢を見ながらベッドから落っこちたことを夢の中で気がついた、という夢を見ました(笑)。

大日本帝国は二度負ける

 平成の世にあって、未だに大日本帝国の伝統を維持し、その精神を体現していることになっている靖国神社ですが、どうやら再びアメリカに敗北を喫したようです。
靖国神社遊就館:米が批判の記述修正 アジア関連は変えず
 以前から話は出ていたとはいえ、アジア関連は変えずというところが精一杯の抵抗を見せていて笑い、じゃなかった涙をさそいます。(アメリカには負けたけれど中国には負けてないもん)
 対中戦よりもまだ対米戦の方が大日本帝国の”一分の理”を主張しやすいように思えるのですが、きっとなにか深い事情があるのでしょう、なにしろ歴史と伝統ある顕彰施設なんですから……なんだか書いていて情けなくなってきました。

 真面目な話、こんなニュースを聞くと、日本が60年前の敗戦で学んだことって「アメリカ様には逆らうな」ってことだけじゃないか、と思えてしまう。靖国神社は勇敢に戦った英霊を讃える施設だそうだが、こんな連中に讃えられて嬉しいんだろうか? かなり疑問。

Hourglass 時の雫/PSY・S

 6分足らずの曲の中に、何百世代もの時が流れているようだ。私はなぜかこの曲を聴くと、どこか遠くの惑星にある都市の姿を思い浮かべてしまう。なんでだろ? なんかそんな小説でも読んだのだろうか? PSY・Sには時々SFっぽい歌詞の曲があるが、これも少しそんなところがあるのかもね。

 歌詞で言えば、1コーラスと2コーラスで対比になっている部分が印象的だ。
夢だけ見てる こどもたちへ
かがやく 奇跡 きょうも届くメッセージ

 そして、
夢から醒めた おとなたちへ
かえらぬ 奇跡 きょうも届くメッセージ

 夢だけ見ているこどもたち、夢から醒めたおとなたち、もしかしたら届いているメッセージは同じでも、意味は全然違っているのかもしれない。子供の頃に感じた奇跡は、いまはもう覚えてはいない。

作詞:神沢礼江
作・編曲:松浦雅也
アルバム
Non-Fiction

眼の誕生/アンドリュー・パーカー

 カンブリア紀の爆発と言えば古生物とか進化に興味がある人であれば誰でも知っている進化史上の大事件だ。生命の起源は40億年くらい遡れるのだけど、最初の生命が生まれてから35億年くらいの間は、生物の進化は非常にゆっくりしたものだった。それが今からおよそ5億4千万年前、カンブリア紀と呼ばれる時代になったとたんに、爆発的な速度で進化が始まる。今生きているほとんどの生物の直接の祖先が現れたのがこの時代だと言われているのだ。

 このことは、長い間進化史上の謎であった。なにしろ、それまで35億年もの間ゆっくりとした変化しかしていなかった動物たちが、ほとんど一夜にして多種多様な姿を持つようになってしまったのだ。その原因についてはさまざまな説が出ていたのだが、誰もが納得できるような決定的な説はなかった。(そのために、ID論みたいな反進化論者が自説の根拠にしていたりもしたのだけどね)

 本書では、その原因はカンブリア紀の始めに眼を持つ動物が出現し、視覚という感覚を得たことにあるとしている。それまでの生物は光を感じるということはあっても、光の刺激を使って自分の周囲をスクリーンに映し出すように”見る”ということは出来なかったのだ。
 指摘されてしまえば当たり前のように感じるこの仮説。だが、一歩一歩積み重ねられていく考察が実に面白い。いかに今の生物界が視覚の存在を前提としているか。それは光がほとんど届かないような深海の世界であっても例外ではない。更には生物は自ら光を出すことまで行うようになってしまった。

 人類もまたこの進化の先に存在している。実はたまたまこの本を読んでいる最中にCEATECなんぞに行ってきたのだ。最近の映像技術というのは物凄いことになっているのだけど、それもこれも、5億年以上前のご先祖様が”眼”なんてもの産み出さなければ、この世に存在しなかったんだよなぁ。なんてことまで考えてしまった。

何をそんなに脅えてるんだ?

 こっちこっちこっちの話の続き。要は国旗や国歌の強制の話なんだけど。
 こんなにひっぱるつもりはなかったんだけど。dr.stoneflyさんのこちらのエントリー 「じゃ、日本をでていけば~」…と言ふお方のメンタリティなんかを読んで、どうしてこうも非寛容なのか不思議で仕方ない。

 強制反対、というか今回の判決を支持している人でも、その考え方はさまざまのはずだ。
 例えば国歌や国旗に対する考え方として。
(1)国家そのものを否定している場合。当然国家の象徴である国旗も国歌も、どんなかたちであれ認めない人。
(2)国家は否定しないが、シンボルとしての国歌や国旗は不要だと考えている人。
(3)国歌や国旗の価値は認めるけれど、君が代や日の丸は相応しくないと考えている人。
 おおざっぱにわけてもこの位はいる。それに、国旗は認めるけど国歌は認めない(あるいはその逆)というケースもあるだろうし。(1)と(2)の中間とか(2)と(3)の中間とかもいるだろうね。
 そしてもちろん、
(4)国歌、国旗は今のままでいいけれど、強制することは反対
 という人だっているだろう。私は君が代に関しては(3)で日の丸に関しては(4)ね。
 ところで私は、別に自分が多数派になろうとは思ってない。理解して賛同してくれる人がいてくれれば嬉しいけれど、私と違う考えの人がいるのは当たりまえだ。強制さえされなければ、歌いはしないけれど、一緒に起立するし、歌っている人を邪魔したり、「歌うな!」と命令したりはしない。ところがなぜか、「国歌を否定するなんて日本を否定するようなものだ」などと言われたりするのだ。

 国歌を歌わないことがどうして日本を否定することに直結するのかまず不思議なんだ。dr.stoneflyさんにコメントしている「初」さんというかたは、こんなことを書いている。
「共同体に帰属していながら、共同体を否定し、シンボルを否定、破壊していくことを肯定する。そしてそれを子供達に強要する人達は出て行って欲しい」

 破壊していくことを肯定する、と書かれているが、「みんなが歌っているときに歌わない、みんなが立っているときに立たない」というのはシンボルを破壊する行為なのだろうか。それではアイドル歌手のグルーピーのようだ。心配しなくてもいい。あなたが歌うこともあなたが立つことも、私は妨げはしない。ただ、私が歌わないこと、立たないことを黙認して欲しいだけなのだけど。

 それに、「歌わなければ処罰する」という方法で歌わせたとして、あなたの隣でそうやって歌っている人を、あなたは仲間と認められるのか? その人は罰せられることを恐れて歌っているだけかもしれない。それをどうやって見分けるつもりなのだろう。そう、この方法は共同体の結びつきを強くなどしないのだ。 むしろ逆じゃないのか?

VISION/PSY・S Inner VISION/PSY・S

 Windowの隠れた(?)名曲VISIONとその英語版でMusic In Your Eyesにのみ収録されているInner VISION。
 この曲に限らないんだが、Music In Your Eyesに収録されているバージョンはCDに収録されているものよりグレードが上がっているような感じがして好きだ。それは映像がついているからだけ、というわけでもなく。

 だがしかし、オリジナルのVISIONもかなり華麗な曲だ。まるで星の世界を旅しているように。
駈け昇る 星空
生まれたばかりの
彗星にbaiser(くちづけ)

 Music In Your Eyesだと星”が”世界を旅してるんだけどね(笑)

作詞:松尾由紀夫(VISION)
安則まみ(Inner VISION)
作・編曲:松浦雅也
アルバム
Window」(VISION)
ミュージックビデオ
Music In Your Eyes」(Inner VISION)

バビロン5 第二シーズン/キャラクター

 第二シーズンの各話レビューも最終話までいったので、第一シーズン同様、各キャラクターの印象を書いておこう。

・ジョン・シェリダン/地球人
 バビロン5を離れたシンクレア司令官に替わって第二シーズン始めから新しく赴任してきた二台目司令官。登場当初はやたらと軽くて明るい人、という印象だったが話が進むにつれて徐々に信念の人であることが分かってくる。また、戦闘のセンスは抜群で、地球人で唯一ミンバリ戦艦を撃沈したことのある人間である。もっとも、そのためにミンバリ人の、特に戦士カーストの人間には嫌われている。
 すでにシンクレア司令官を中心にまとまっていたところに、後から入ってきたことでかなり疎外感も感じていたようで、同じような境遇にあったデレンと急速に接近する原因にもなっていたのだろう。

・デレン/ミンバリ人
 地球人とミンバリ人の融合の象徴として、両者の中間の姿に変身した。しかし、そのために同胞であるはずのミンバリ人から疎まれるはめになってしまう。結局グレー評議会からも除名され、権力は大幅に失うことに。ナーン・セントーリ戦争に大きく干渉できなかったの理由の一つはそれだろう。
 また、コッシュと共に対シャドウ戦争の準備を進めており、後にはシェリダンにも協力を要請する。
 第一シーズンに比べてずいぶん柔らかい感じに変わっている。可愛らしさまで感じてしまうことさえある。似たような境遇にあるためか、シェリダンとなんとなく良い雰囲気になってゆく。

・スーザン・イワノバ/地球人
 第二シーズンでは、いいところをかなりデレンに取られてしまったような感じがする。途中で自身がごく弱いテレパスであることが判明し、それがサイ・コープスにばれることを恐れて、彼らを警戒していたことがわかる。唯一タリアには心を開いていたが、それを裏切られたことが彼女のテレパス嫌いに拍車をかけることにならないか心配である。
 第二シーズンが始まってすぐに中佐に昇進した。中佐になって、それまでとは異なる外交関係の職務に就くことも増えたが、剛毅な彼女には戸惑うことも多いようだ。

・ロンド・モラーリ/セントーリ人
 第一シーズンラストでシャドウとの同盟を受け入れたロンド。それによってセントーリでの地位は上がっていくが、それと反比例するように孤独になっていく。第一シーズンの頃は愛すべき部分がたっぷりあったんだけど、徐々にそういう部分が失われていく。自分でもある程度気がついているんだろうがね。
 それでも忠実に従っている副官のバーの存在が唯一の救いかもしれない。

・ジ・カー/ナーン人
 セントーリとの戦争で、母星は壊滅的な打撃を受けた上に降伏。自身も大使の資格を剥奪され、一市民となってしまう。誇り高い彼にとっては屈辱的な事態であるのだが、そんな状況でも同胞のために力を尽くそうとする姿は気高さを感じさせる。こんなこと、第一シーズンの最初には考えもしなかったけれど。
 ただ、復讐心にだけ身をまかせている人物というわけではなかったのだ。 

・マイケル・ガリバルディ/地球人
 第一シーズンの終わりで部下に撃たれたことで、始めのうちは自信を失ってしまっていたが、徐々に自分を取り戻す。レンジャーについてはシェリダンよりも先に知らされていたり、バビロン5一の事情通なのは相変わらず。でも女運は悪いみたいだね。

・スティーブン・フランクリン/地球人
 戦争のおかげで大忙しになってしまう医療部長。テレパスの地下組織の元締めだったなんて意外な面も見せてくれる。父親が将軍だったことがわかるが、これが息子そっくりの頑固者。この親にしてこの子あり(笑)
 
・レニアー/ミンバリ人
 バビロン5で最も誠実な人物。あの疑り深いガリバルディにさえ、「あんないいやつ、疑えない」と言われていた。姿を変えたデレンに対して、以前と全く変わらぬ忠誠をささげた唯一の人物。デレンの行くところレニアーあり。

もうハッタリはいらないと思う

 こちらを経由して、こんなのを知ってしまい、びっくり(笑)
 びっくりしたのは記事より年表の方で、一見すると”日本”という”国”がまるで紀元前まで遡れるように見えてしまう。こんなの教科書に載せて大丈夫か?
 buyobuyoさんの言う通り、
大和朝廷成立からの日本を連続性のあるものと認識するのはまあまあ科学的といえなくもないが、小国分立状態の日本はぜんぜん日本と違うじゃねーか。

 というのが妥当な見方というものだろう。それに、列島全土を掌握したのって、江戸時代も終り頃になってからじゃなかったっけ? 自国の起源をなるたけ古い時代に持って行きたがるというのはどこの権力者も考えるようで、神話の記述というのは古い時代のものほど、後の時代に書かれたものだという。後ろに向かって継ぎ足してくわけだ。

 日本の皇国史観もそんなものだろう。まあ、ハッタリかまさなければならなかった時代背景はあったと思うので、「捏造だ」なんて言うつもりはないが、いまさらハッタリの必要もないんじゃないかね。だいたい西暦500年あたりから始まったとしても充分誇れるくらい長く続いているんだから、それでいいじゃん(笑)
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