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あさ~from day to day/PSY・S

 東京も梅雨明けして夏本番。とはいえ日中はともかく朝はかなり涼しくて、目覚めもさわやかである。毎年このくらいの気温だと、冷房いらないんだけどな。
 夏の早朝を思わせる曲ということで以前に「Long Distance」をとりあげたけれど、この曲のさわやかさもなかなかのもの。あちらは一人だったけれど、この曲では一人じゃない。
はじめての あさ 瞳は越えてゆける
見つめあうとき 遥かなものに ふたり気がつくの

 こんな風にリフレッシュされたいねぇ。

 この曲、シングル盤だとイントロで波の音が流れて、涼しさがちょっとアップしている。 

作詞:松尾由紀夫
作曲:松浦雅也
アルバム
HOLIDAY
HOME MADE」(Acoustic Version)
Two Bridges」(New Mix)
GOLDEN☆BESY」(Single Version)
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バビロン5 第一シーズン/キャラクター

 このところずっと書き続けてきたバビロン5のレビュー記事だが、第一シーズンの最終話まで終わったので、ここらでまとめも兼ねて各キャラクターの印象を軽く書いてみる。

・ジェフリー・シンクレア/地球人
 常に沈着冷静、頼れる司令官。バビロン5の理念に忠実で、基地の地球人スタッフだけではなく、異星人からの信頼も厚い。しかし、そのために地球の利益を第一に考える地球政府との間とで板挟みになることも多い。
 堅物に見えて(実際、硬い人なのだ)意外と機転も利くんだけど、そのおかげでなおさら上層部から煙たがられる破目になるという、不幸な人。
 ミンバリ人との間に、本人も記憶していない秘密があるのだけど、第一シーズンではついに明かされることは無かった。

・スーザン・イワノバ/地球人
 バビロン5の副官でシンクレアの右腕。軍人としてすごく有能なんだけど、杓子定規なところは全く無く、柔軟なところを見せる。勤務中のきりっとした姿と、プライベートのゴージャスな美女とのギャップが魅力だ。公私の切り替えは見事だけれど、実は結構激情家かもしれない。父母のことでいろいろとわだかまりがあるが徐々に克服しつつある。たまにお茶目なところも披露してくれる。
 
・デレン/ミンバリ人
 ミンバリの大使。バビロン5では身分を隠しているがグレイ評議会の一員という非常に高い地位にある。シンクレア司令官の記憶喪失の秘密を知っているらしい。それが理由なのか、陰に日なたに司令官を助ける側に回ることが多い。また、バビロン5の異星人達の間では調停役になることが多かったように思う。ミンバリが他の種族に比べて知的で高潔に見えるのは、彼女と副官のレニアーのおかげである。

・ロンド・モラーリ/セントーリ人
 ちょっと見ると俗物のオヤジキャラなのだけど、ときどきびっくりするくらい立派な行動を取ることがあるから油断できない。セントーリの栄光を取り戻すことを夢見ているが、それがかなわぬ夢であることも感づいている。そこをシャドウにつけ込まれてしまい、第二シーズン以降はかなり酷な役回りになりそう。もともと悪人とは呼べない人物なので、これからどうなっていくのか気になる人である。
 ナーンのジ・カーとは犬猿の仲で、しょっちゅう衝突している。

・ジ・カー/ナーン人
 最初は典型的な悪役だったのだけど、話が進むにつれそんなに単純な人物ではないことが分かってくる。かつてナーンを侵略して支配していたセントーリのことを激しく憎んでいて、ロンドとは常にぶつかり合っている。ロンドと違い、敵意をほとんど隠さない。が、復讐さえできればそれ以上の要求、例えば他の種族を支配したい、などというものは持っていない。そこがロンドとの差で、彼がシャドウから逃れられた理由だろう。第一シーズンの最後で、バビロン5を離れてナーン本星に向かう。

・マイケル・ガリバルディ/地球人
 バビロン5の警備主任。典型的なリアリストで、自分で確認したものしか信用しない。かなりの切れ者、しかもタフで妥協を知らないところは頼もしいけれど、他人の間合いにずけずけ入ってくるので疎まれることもある。
 実は内面は結構繊細なところも、ロマンチストなところもあるんだが、彼の職務がそれを許してくれないのかもしれない。第一シーズンの最後で部下に背後から撃たれて意識不明の重体になってしまう。

・スティーブン・フランクリン/地球人
 バビロン5の医療部長。どんなときにも患者を救うことを第一に考える医者の鏡みたいな人。その信念はものすごく強くて、ほとんど曲げたことが無いんじゃないんだろうか? もっとも、そのために失敗したこともある。
 彼の使命感は、相手が異星人であっても全く変わることはない。バビロン5みたいな基地には理想的な人材だろう。

・レニアー/ミンバリ人
 デレンの忠実な副官。一言で言えば優等生。曲者ぞろいのバビロン5のなかでも群を抜いて”いい人”である。しかし、ロンドにバビロン5を連れ廻されたときに博打もケンカも強いことが発覚したり、ガリバルディのバイクの趣味につき合っているうちにハマってしまい、ガリバルディとタンデムで基地内をバイクで走り回ったり、実は結構危ない奴かもしれない。

・コシュ/ヴォーロン人
 一番謎の異星人、ヴォーロンの大使。常に環境スーツをまとい、実際の姿を見せることは無い。シャドウのことを知っているらしいのだが、謎の言葉でほのめかすだけで全然説明してくれない。いったい何を考えているのか良くわからないのだけど、存在感だけはやたらと大きい。

バビロン5/第22話「さなぎーデレン変身」

 原題「CHRYSALIS」

バビロン5/第21話「命懸けの治療!レイク症候群」

 原題「THE QUALITY OF MERCY」

バビロン5/第20話「出現! バビロン4」

 原題「BABYLON SQUARED」

バビロン5/第19話「母星イプシロン3の危機 PART2」

 原題「A VOICE IN THE WILDERNESS PART II」

ハチミツとクローバー 9巻/羽海野チカ

 しばらく前に読んでいたのだけど、なかなか感想が書けなかった。物語の終わりに向けてかなり大きな(そしてショックな)事件が起きたのでちょっと書きにくかったのだ。
 すこしネタバレしているので、隠しておきます、

バビロン5/第18話「母星イプシロン3の危機 PART1」

 原題「A VOICE IN THE WILDERNESS PART I」

バビロン5/第17話「最高指導者ブランマー追悼」

 原題「LEGACIES」

バビロン5/第16話「突入!サイキック・マインド・スキャン」

 原題「EYES」

科学とニセ科学

 こちらのエントリーでのやり取りの中で、過去と向き合わず反省しない日本人の例が上がっているサイトとして青狐さんの「クッキーと紅茶と」を紹介したのだが、それを読んだ上でこのようなコメントをもらってしまい、頭を抱えてしまった。
シロウトの「南京大虐殺はなかった派」と「南京大虐殺は絶対あった派」はたいてい、お互いの論理の矛盾点をあら捜しして、「南京大虐殺があった(なかった)なんていっている連中はここがおかしい。だから大虐殺はなかた(あった)」といっている連中がほとんどです。

 だが、あまり事情を知らない人間にとってはこういう認識は珍しくないのだろう(さすがに青狐さんのページを読んだ上でこう認識されては困ってしまうのだが)。否定論に立つわけではないが肯定論もうさんくさいと考えている人は多いのではないだろうか。

 しかし、そもそも否定論と肯定論というのは同列に並べられるようなものではないのだ。
 まず一つの理由としては現在まともな歴史学者で否定論を唱えている人はいないということだ。科学の世界で”絶対”ということはないのだが、少なくともちょっとやそっとではひっくり返せないくらいの確かさはあると考えた方がいい。
 とは言え、通説に反対すること自体は問題はない。正しい手続きで行われた反証であればむしろ歓迎されるだろう。科学というのはそうやって進歩していくものなのだから。実は南京虐殺についてもそのような反証はおこなわれたことがある。その結果は虐殺を否定するものではなかった。(偕行社による調査。こちらの加登川幸太郎氏のところを参照)

 だが、現在否定論者によって行われる"反論"はとても正しい手続きとは言えない。現在代表的な否定論者としては東中野修道氏という人がいるが、この人の手続きのいい加減さは、こちらのページで解説されている。このページのオーナであるゆうさんの評価を引用してみよう。
ところが東中野氏のこの本は、捻じ曲げ引用、勝手な解釈、対立データの無視、一方的な記述―「禁止事項」のオンパレードでした。いやはや、ここまでいいかげんな本だったとは・・・。


 科学の世界に”絶対”は無い、と書いたが、このようなやり方で提示されたものはすでに科学とは言えない。「義経はモンゴルに渡ってジンギスカンになった」とか「大昔の太平洋にはムー大陸があった」とかいうニセ科学とほとんど同列のものだ。

 それらのトンデモ説の違いがあるとしたら、「あった」という主張ではなく「なかった」という主張であるとう点かもしれない。その立場から「無いことを証明するのは悪魔の証明である」という口実が使われる。立証責任を肯定論側に求めようとするんだ。だがこの口実に惑わされてはいけない。すでに通説とされているものがある以上、それに対する反証を行うべきなのは否定側なのだ。反証が科学的とは呼べないというのはすでに述べた通り。
 また、ネット上での否定論者のやり口については先にあげた青狐さんのページの他に、Apemanさんのこちらのページにも例がある。

 歴史に関するニセ科学ということであれば、こちらの本も参考までに上げておく。ここで取り上げられているのはホロコースト否定論だけど、否定論者の手法の多くは南京虐殺の否定論にも使われていることがわかるだろう。
なぜ人はニセ科学を信じるのか II

 そんなわけで、南京大虐殺は中国のねつ造である、なんてのはトンデモに属するニセ科学であり、そんなものを信じているのであれば、「歴史にきちんと向きあわず、反省していない」と言われてしまってもしかたない、と私は思うのである。
 

バビロン5/第15話「聖杯を探して」

 原題「GRAIL」

Monster's Dance/BLOOD RUNNER

 BLOOD RUNNERの名前で発表されているものの、どう聴いてもPSY・Sな曲。ずっとどこのアルバムにも収録されていなかったのだが、GOLDEN☆BESTのボーナストラックとして収録された。
 彼らにとっては珍しくというか、結構時代を感じさせる歌詞になっている。”ファミコン禁止”とかね。こっちの歌詞なんかも、
ゾンビにミイラにフレディ
ドラキュラ、エイリアン、ジェイソン

 フィレディにジェイソンですよ、奥さん(?)
 しかし、本当の肝はその後の
ほんとの仲間に とうとう会えた
みんなで 踊ろう Monster's Dance

 こっちにあるんじゃないかな。ヒーローよりはモンスターに共感しがちな私としては特に。

作詞:BOB & PEI
作曲:松浦雅也
編曲:岡田 徹
アルバム
GOLDEN☆BEST

バビロン5/第14話「ルールのない格闘技ームタイ」

 原題「TKO」

バビロン5/第13話「権力の象徴"アイ"」

 原題「SIGNS AND PORTENTS」

バビロン5/第12話「ドッキングベイの悲劇」

 原題「BY ANY MEANS NECESSARY」

バビロン5/第11話「破壊工作容疑」

原題「THE SURVIVORS」

魔法のことば/スピッツ

 映画「ハチミツとクローバー」の主題歌にもなっているスピッツの新曲。私にとってスピッツの曲というのは、過ぎてしまった時代のことを思い出させるものなんだ。そのせいか、初めて聴いた曲でもなぜか懐かしいような感情が湧くことが多い。
 この曲も最初に聴いた時にそんな気持になった。決して楽しいことばかりではなかったけれど、過去よりも未来の方がずっと多くのものがあった時代を思い出すのだ。これはそんな時代を一歩踏み出してから、すぐ後ろを振り返っているのかな。少し寂しくて、だけど誇らしかったそんな時の気持を歌っているように思えた。
魔法のことば 口にすれば短く
だけど効果は 凄いものがあるってことで

 あのころの魔法のことば、今でも力は残っているだろうか。

作詞・作曲:草野正宗

バビロン5/第10話「生命と信仰」

 原題「BELIEVERS」

バビロン5/第9話「不老不死の謎」

 原題「DEATHWALKER」

バビロン5/第8話「司令官失踪」

 原題「AND THE SKY FULL OF STARS」

日本沈没

 最初の映画版もテレビ版も好きだし。小説も読んだ。だから絶対比べてしまうし、あら探ししてしまうだろうなぁ、と思っていたのだが、予想は良い意味で裏切られた。たとえ前の映画やテレビを見ていても、小説を読んでいても十分楽しめる映画になっている。ネタバレもあるので、やっぱり詳細は隠しておくね。

バビロン5/第7話「異星人襲撃」

 原題「THE WAR PLAYER」

バビロン5/第6話「超能力者集団 サイ・コープス」

 原題「MIND WAR」

バビロン5/第五話「宗教祭の暗躍」

 原題「THE PARLIAMENT OF DREAMS」

国防という言葉はあまり好きではないのだけれど

 Under The Sun様より、国防に関するトラックバックアンケートというのを通知いただいたので、回答してみる。
 質問:あなたが考える、この先、日本がとるべく国防の方針は
 回答の選択肢は以下の8つ
1.非武装をすすめ、他国から侵略されても抵抗をすべきではない
2.他国から侵攻は防衛しても、攻撃はおこなうべきではない
3.専守防衛は現在でも可能なので、現状を変更する必要はない
4.武装を強化し、専守防衛に徹すべし
5.武装強化・憲法改正をおこない、専守防衛に徹すべし
6.日本にとって危険な国に対しては、先制攻撃を加えるべき
7.核兵器の開発までふくめ、軍事力を増大していく必要がある
8.その他

この中から選ぶとしたら2番だろうか。非武装は現在の世界情勢では非現実的なので、専守防衛のための軍備を持つことは安全保障には必要だと思う。だが、現状肯定というわけではない。現在はアメリカの思惑に引っ張られすぎている。自衛隊は米軍の下請け組織ではない。

 実は2の方針をとる場合に一つ難点がある。それは侵攻目的ではない攻撃に対しては軍備だけでは防御不可能なことだ。顕著な例が弾道ミサイルと大量破壊兵器の組み合わせによる都市攻撃だ。これはたとえMDが奇跡的に成功を収めたとしても完全に防ぐことは出来ない。
 これに対抗するために、手を出したら双方破滅する、という状況を作り出して千日手に持っていっているのが今の実情だ。だが、この状況は指導者層が正気であるという前提を信用できないと不安を消せない(今回の北朝鮮に対する日本の反応は、日本人が、金政権がまともな判断が出来ないという認識を持っていることによる)。また、この論理で行くと日米安保を破棄して、アメリカとは独立に日本を守ろうとすると核武装する必要が出てくる。しかし、これは非現実的だ。あれだけ広い国土を持つロシア(かつてのソ連)だって地上のミサイル基地だけでは安心できず。戦略爆撃機による空中待機や、戦略ミサイル原潜を保有しなければならなかった(理屈の上では、相手の第一撃に耐えて報復できるだけの戦力を持っていないと意味がない)。はるかに国土が狭く、人口も密集しているこの国でそんなことできるだろうか?
 余談だけど、20世紀で最も有名なトンデモ”ノストラダムスの大予言”。あれは今読み返すと確かにトンデモだけど、流行した当時は、「偶発的な米ソの全面核戦争による人類滅亡」というのはそれなりにリアリティのある未来予測だったからみんな信じたんだ。
 
 さて、タイトルで国防という言葉はあまり好きではない、と書いた理由だ。この言葉は軍主体の考えに偏りがちなのだ。国の安全を守る手段として、軍隊のはたせる役割は今はそれほど大きくない(不要ということではない)。軍備は安全保障のための一つの手段でしかないと考えた方が良い。理想的には軍備無しで安全保障が確保できれば一番なのだが、今はまだ難しいだろう。なぜ軍備無しが一番かというと、現代は軍備のためのコストが高すぎるからだ。金だけじゃなくて、資源とか環境負荷とか、核や生物化学兵器なんかはリスクもでかいし。しかし、”まず軍備ありき”で考えることは選択肢を狭めてしまう。もうちょっと視野を広く取った方が良い。

バビロン5/第四話「謎の生体兵器」

 原題「INFECTION」

バビロン5/第三話「盗まれた極秘ファイル”パープル"」

 原題「BORN TO THE PURPLE」

バビロン5/第二話「略奪者ソウル・ハンター」

 原題「SOUL HUNTER」

バビロン5/第一話「惑星ラギッシュ・スリー急襲」

 というわけで、各話レビューをやってみようと思う。ネタバレはあまりしないつもりだけど、中身は一応隠しておく。
 原題「MIDNIGHT ON THE FIRING LINE」
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