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青空は天気雨/PSY・S

 恋愛中、なんだよね。別に仲たがいしているわけでも無く。でも何なのだろう、悲しいような感情は。
 わからないことのもどかしさもあるけれど、わかってしまうことで感じてしまう寂しさもある。
風がページをとばしてしまう
冒険小説
いまいじょうでも いまでもなくて
ふたりは ふたりね

 ページを飛ばされた小説みたい、なのか。探偵小説ー>恋愛小説ー>冒険小説と続くのは意味があるんだろうか?


作詞:松尾由紀夫
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「Mint Electoric」
「Two Spirits」(Live Version)
「GOLDEN☆BEST」(Live Version)
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糾弾すべきは偏向ではなくて

 gegengaさんのところDoxさんのところで知ったこのニュース。
「政治的発言、被爆者は自粛を」平和推進協の要請に波紋
 こういうときによく「偏っている」と言われることが多いのだけど、じゃあ、意見の分かれる事柄については一方に偏ったことを言わなければ中立性は保てるのだろうか?

はじめてのやのあきこ/矢野顕子

 iTMSで見つけて衝動買いしました。リンクは下に。

Akiko Yano - Hajimeteno Yanoakiko for iTMS - EP

 とってもシンプルなのに、なんて豪華で贅沢な気持ちにさせてくれるんだろう。槙原敬之、小田和正、井上陽水、忌野清志郎、上原ひろみというゲスト達によるところも確かにあるんだけど、それだけではなく。たとえば、ピアノと矢野さんのヴォーカルだけという三曲目の「PRESTO」の贅沢さ。本当にいっぱいに満たされる感じがする。
 4人の男性ヴォーカルとのデュエットは、みんなの持ち味を堪能できて、どれも甲乙つけ難いけど、特に小田和正との「中央線」なんて涙もの。そしてラストの「そこのアイロンに告ぐ」のカッコ良さ! すげえ、なんだこれ。

 派手なはったりとか無いけれど、聴けば聴くほどはまってしまいそうだ。

 ただ、iTMSで売っているのはCDより一曲少ないそうだ。それが少し残念。CDで買おうかな。

旗と歌(3)

 さて、君が代の方だけど、こちらは少し事情が異なる。旗と違って歌にはそれ自体に意味がある。もともとの君が代に使われた”うた”自体は天皇を歌ったわけではないらしいし、現在の正式な解釈では”君”というのは国民ということになっているらしいが、敗戦まではずっと天皇を讚える歌とされてきたのは確かだ。歌詞もメロディも一緒なのに、政府の都合で解釈を変えるというのは無理がある。というかね、音楽が国家なんて下賎なものの下にされるみたいで嫌なんだ。

 いいじゃないか、君が代は天皇を讚える歌で。そしてそれにふさわしい場面で歌えばいい。国歌は国歌で別に決めてさ。

 そんなわけで、国歌斉唱という場面で、まともに声を出して歌ったことがない。いつも口パクだったよ。今だと”指導”されちゃうんだろうか?

 もっとも、君が代にもいいところがある。それは人を煽るような曲ではないこと。歌っているうちに気分が高揚してハイになっていくような曲じゃないところは結構好きだ。

旗と歌(2)

 国のシンボルとして一緒に語られることの多い日の丸と君が代だが、今朝のエントリーでも書いたように、同列に語るのは少し違うのではないかと思う。

 実を言えば、私は日の丸の方は好きだし、国旗として敬意を払うのは良いと思っている(都教委のやり方は大嫌いなんだが)。確かに過去の、戦前の日本の悪い部分を思い出させるというのは分かるのだけど、じゃあ旗を変えればいいのかというとそれは違う。むしろ変えてはいけないのだと思う。

 旗はただの旗でしかない、シンボルとしての意味付けはある程度あるにしても、旗そのものにはそれほどの価値はない。旗の価値というのは、それを掲げた人が何を為したかによって決まるものだろう。日の丸が平和と繁栄のシンボルとなるのか、戦争や侵略の象徴になるのかは日本人自身の手にかかっている。かつての悪いイメージがあるのであれば、旗を変えて無かったことにするのではなく、今はそんな国じゃないということを自分たちの行動で証明してやればいいのだ。

 だから、国旗が誰からも常に敬意を持って接してもらえるなんて虫のいいことを思ってはいけない。非道な振る舞いをしていれば、それに応じた態度しか取ってもらえないだろうさ。
 だが、自分の旗に敬意を表すやり方なら知っている。それは旗を見上げてウットリすることでも無けりゃ、教師を使って生徒に頭を下げさせることでもない。自分が日本人と見なされる場面で、良心に恥じない行動を取ることだ。そうじゃないか?

*歌についてはまた別に書きます。

旗と歌(1)

 教員むしばむ『君が代神経症』
 なんかひどいことになってるな。去年は処分されるのは教師が立たなかったときだったはずだけど、最近じゃ生徒が立たない場合も教師が責められるようになるようだ。上記の記事によると。
 ところが都教委は今月十三日、ある都立定時制高校卒業式で卒業生十数人の大半が君が代斉唱で起立しなかったことを受け、新たに全都立学校長あてに「適正に児童・生徒を指導することを、教職員に徹底する」よう求める通達を出した。

 だそうだ。教師を通じて生徒を支配したいらしい。

 以前に、この”処分”を支持していた人の中には「公務員なんだから国旗や国歌に敬意を払うのは当然の義務」なんて言っていた方もいたと記憶しているんだが、こういうのにはどうやって理由をつけるんだろう? 「生徒に強制するようなことはあってはならない」はずなんだけどね。

 だいたい、処分をちらつかせたり、規則で縛ったり、通達を出したりして形だけつくろってみれば、敬意だの愛情だのが湧くと思っているのだったら痛すぎる。なんかDV夫みたいだよ。素のままでは尊敬されたり愛されたりする自信が無いやつが、力で相手を従わせようとしているみたいに見える。こんな使い方をされては、旗も歌もかわいそうだ。忠誠心を計るための道具じゃないんだから。

 ところで、日の丸と君が代、同列に扱うのはちょっと変だと思っている。理由はちょっと長くなるから、次のエントリーで。

おぼろ月夜/種ともこ

 仕事で修羅場っているうちに、いつの間にやらすっかり春めいてきてしまったよ(^^;

 毎年この時期になるとなんとなく聴きたくなるアルバムがある。もうずいぶん前に出た「Sisters Sing Spring」という企画物のアルバムで、女性ヴォーカルによる春の歌集なんだ。松浦さんとチャカさんがPSY・Sとしてではなく、それぞれ別々に参加しているというのがちょっと珍しい。
 水ぬるむころっていうの? ちょうど今くらいの季節にぴったりだと思うんだよね。夜道を歩いていてももうそんなに寒くなくなった。

 そしてこのアルバムでトリをとっているのが種ともこさんのおぼろ月夜。いや、オリジナルじゃなくて、「菜の花畑に入り日薄れ」で始まる有名なあの曲のカバーバージョン。これがレゲエ調にアレンジされていて、仕事終わって歩きながら帰ってくる時に聴いたりすると気分がでるんだ。もちろん、夜空におぼろ月でも出ていれば一番なんだけどね。

 途中でオリジナルなところも出て来るので、他で聴けないちょっと隠れた名曲なんじゃないかと思うよ。

仮面ライダー響鬼 DVD八巻

 響鬼のDVDも八巻目。前期響鬼の最終話といえる二十九話から、明日夢のライバル桐谷京介登場編の三十話、三十一話。布施明さんがゲスト出演した三十二話までを収録。
 二十九話は、7巻に収録されていた二十八話、鎧土蜘蛛のエピソードの解決編であり、最初のエピソード以来、久しぶりに明日夢が”鬼”としての響鬼の姿を見る話である。こうして振り返ってみると、ずいぶん長いこと明日夢は摩化魍退治という部分から外されていたんだな、と感じる。しかし、(鬼ではない方の)ヒビキさんやたちばなの人たちとの交流の部分をここまで時間をかけて描いてきたから、この話でも明日夢と周囲の人たちとの関係が自然に見えるんだと思う。早い段階で弟子入りする、という展開もあったかも知れないけれど、もしそうなっていたら私はここまで入れ込んではいなかったと思う。
 そして、この話でも、摩化魍を倒した後、最後に日常に帰ってくるところが素晴らしい。響鬼さん達の強さはこういうところに支えられているんだ、きっと。

 映像特典は再びの栩原楽人君と、桐谷京介役の中村優一君。桐谷は劇中ではイヤミな奴だけど、中村君は結構いい人らしい。自分の素のキャラクターと役とのギャップにはかなり苦労していたみたいだ。明日夢役のオーディションも受けていて、番組が始まってからもずっと響鬼は見ていたというし。

 あ、三十話以降は、感想パスね(^^;

やっとこさ

 修羅場も一段落。二月後半からずっと、身体もそうだけど、心が休まらない日が多かったような気がする。
 忙しい日はまだ続きそうだけど、胃が痛くなるようなことは少し減りそう。

すこしふしぎ

 サマータイムマシーン・ブルースの感想のエントリーで、”日本でタイムトラベルテーマで映画を撮ると、藤子不二雄っぽくなる”と書いた。はっきり言ってしまうとドラえもんだ。この映画のDVDに舞台の方のCM映像が入っているのだけど、そこで使われているタイムマシンもまんまドラえもんのやつだった。

 ドラえもんと言えばもう親子二世代見ているなんて当たり前、さすがに三世代になるとちょっと少ないかもしれないけれど、確実にそのセンスは日本人に、いやアジアにも広まっているんだろう。ドラえもんのすごいところは、タイムパラドックスなんて概念を小学生の日常レベルのドラマとして描いてしまっているところだ。

 私の好きなエピソードにこんなのがある。のび太から宿題を押し付けられたドラえもんが、一人じゃとてもできないから今から二時間後、四時間後、六時間後、八時間後の自分を”助っ人”として連れてきて、五人がかりでやれば早く終わるだろうと思いついて実行する。そして思惑通りに宿題を終えて眠っていたところ、二時間前の自分が呼びに来て……、という話。なんとかして過去の自分から逃れようとするドラえもんが可笑しい。普通タイムパラドックスというと、過去を変えてしまうことで未来が変更されるというパターンが多いけど、こんなパターンもあるんだ、というので印象に残っている。

 タイムトラベルに限らず、結構高度なSFのアイデアとか概念を、小学生位の子供でも理解できて、しかも面白い物語に仕上げているというのはただ事じゃない。そりゃ子供のころから刷り込まれていればその影響は出ちゃうよね。
 

最近更新が滞っているのは

 本職がかなり修羅場ってきたからなんであるけど……
 明日はちょっとした決戦(?)の予感が。上司は味方につけてるからいいけど、正直言って憂鬱だなぁ。
 ここまで来たのは自分の責任も結構大きいから、言いにくいところはあるのだが、やはりきちんとさせとかないと更に凶悪な修羅場に突入するのは確実だしなぁ。

 はぁぁ。

下妻物語

 これもいまさら、な感じだよなぁ。しかし、これは傑作(というか最近の邦画はいい映画が多いな)。ふざけた話に見せながら、実はかなりストレートな友情物語なんだ。主役の二人、深田恭子演じる桃子と土屋アンナ演じるイチゴの関係が変にべたついたところがなくて観ていて気分がいい。

 どちらかというと桃子の方が醒めていて自己中心的なのに対して、イチゴの方は義理堅く、積極的に友だちになろうとしている様に見える。ところが実は、桃子の方からイチゴのために動くことの方がずっと多いのだ。なんだかこの辺のバランスのとり方が絶妙なんだ。はじめはなんてアンバランスな二人なんだ、と思いながら観ているうちに、徐々にいい雰囲気になっていき、ラストはすっかり名コンビという。

 ところでこの映画、名台詞がてんこ盛りだ。この手の台詞って、しかるべきシチュエーションとキャラクターが言わないと思いっきり浮くんだけど、これがいいところで利くんだ。だから、抜き出したいのはやまやまなんだけど、やっぱり映画の中で聴いて欲しいからここでは書かないよ(^^;

倖せが迷う森/PSY・S

 最初に聴いた時、「ユーミン?」とちょっと思ってしまった。なんとなく曲の雰囲気が似ていないだろうか?
 それはともかくとして、森雪之丞さん作詞の曲にはストーリー性の強いものが多く、この曲もその一つ。ちょっとファンタジーっぽい感じ。夢の中の森に助けに来てくれた人は……
その時あなたが そっと私を抱きしめて
夢の出口へ 光りの渦へ
荊棘で手を切りながら 走り出したの

 となりで眠っていた大事な人だった、なんてね。もしかしたら相手は気がついてないかもしれないし。

作詞:森雪之丞
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「Window」
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