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サマータイムマシン・ブルース

 瑛太と上野樹里が主演した、タイムトラベルテーマのSF青春コメディ映画。このジャンルにはバック・トゥ・ザ・フューチャーという偉大な先駆者がいて、この映画もちょっと意識しているところはあるみたいだけど、どちらかというと藤子不二雄っぽい。いや、日本でタイムトラベルテーマの映画を撮ろうとすると、どうしてもそうなってしまうような気がするんだけど。(ジュブナイルとかね)

 夏休み、ある大学のSF研究会部室にいきなりタイムマシンが現れたことから始まるどたばた騒ぎ。タイムトラベルといっても、その目的は部室のエアコンのリモコンが壊れるのを防ぐため。戻る時間もたったの一日。この手の物語の中でも、これほどスケールの小さい話はちょっと無いのでは(褒め言葉です(笑))

 この映画、最初の十五分くらいは”みょーにリズムの悪い映画だなぁ”という感想を持ったのだが(おかげで、あまり予備知識が無かった私は、失敗したかな、と思ってしまったのだけど)、話が進んで何が起こったかを理解すると色んなシーンの理由がわかってくる。それも最初のうちに全部分かってしまうのではなく、かなり後の方で明かされるものとかもあるので油断が出来ない。最後まで見終わったら結局最初からもう一度見る羽目になること請け合いである。

 終盤、ここで終わっても良いかなってシーンの後も、エピローグ?という形で映画は続くのだけど、実はここからがまた良いところ。監督言うところの”ブルース”の部分だね。最後の最後で明かされる仕掛けは、恐らく多くの人が中盤くらいで薄々気がつくんだけど、そう落とすのかぁ、とかなり感心した。そうするとそれまでそれほど物語に深く関わってはいなかった(ように見えていた)上野樹里の色んな表情が一気に意味を持ってきて、なんだか切ない気分にさせてくれる。まさに”ブルース”だ。
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三つ星☆☆☆

 gegengaさんのところで知りましたが、HDI-Japanによるお問い合わせ窓口の格付け調査が行われたそうです。そこで調査対象となったPCメーカー15社の中で唯一三つ星を獲得したのがアップルコンピューター。こちらの評価基準を見ると三つ星を貰うのはかなり大変です、すべての項目の平均で3.5点以上なければならないのだから。評価基準で言えば「良い」つまり「これ以上の改善はほとんど考えられない状態」というのが過半数を占めてないととれませんから。

 アップルのユーザーサポートと言えば、かつては悪いという評価の方が多かったと思いますが、地道な改善を続けていたんですね。お見事です。でもこういうのって維持するのが大変なんですよね。

 こちらに各社の評価が乗っていますが、これ見ると日本の大手メーカーのランキングが下のほうなのがちょっと気になります。NECとかシャープとか日立とかね。パソコンビジネスってやっぱり厳しいのかなぁ。

いったい何を教育しているつもりなんだろう

 しばらくはおとなしいエントリーにしとこうと思っていたのに、こんな話を読んでしまったらそうもいかない。五号館のつぶやき:小学生に対する検閲で知ったこの話。
気の小さい大人たち
 小学校の卒業文集で、その表現内容に教師が書き換えを強要するんだそうだ。何が嫌だって、「将来後悔する」などと子供のためみたいな言い方をしているところだ。これを言われて、本当にその通りに思う子供なんているだろうか? っていうかだな、後悔したからどうしたっていうんだろう。私の小学校のころの卒業文集なんて残ってないけど、もし今読んだら恥ずかしくて、何でこんなこと書いているんだろう、って後悔しまくりだろうよ。でも卒業文集なんてそんなもんだろ。そのとき自分が思ったことがそのまま残っているんじゃなければ意味ないじゃないか。

 それにしても、こういう経験から彼らが何を学ぶか、ということに思い至らなかったのだろうか。これから何かを表現する時には常に上の人間の顔色を伺えってか? そんなことを教えたいのか。まったく素晴らしい教育だよ。

仮面ライダー響鬼 DVD7巻

 初めての一話完結だった二十五話のカッパ編。後半に向けての伏線満載……のはずだった二十六~二十七話の化け猫編。そして前半響鬼の最終エピソード鎧土蜘蛛編の前半部である二十八話を収録したDVDの七巻目。
 三十話から雰囲気が変わってしまうので、本当は七巻目には区切りのいい二十九話まで入れて欲しかったところなんだが。

 二十五話ではついに専用バイクを手に入れる響鬼、って番組始まってから半年してからようやくちゃんとバイクに乗る仮面ライダーってのもすごい話だ。しかもまだ止まるの上手くないし(笑)
 次の化け猫編のエピソードは、これまでほとんど進展のなかった大きな物語がいよいよ動き出す、と思ったんだよな、見ていた当時は。実のところ、ここで語られていることは結構初期の設定から見ると破綻している。だから軌道修正があったことは予想はしていたけれど、だけどまさか後半がああなろうとは思いもしなかった。
 それはともかく、ここでは有能なのになんだか危なっかしいみどりさんがたっぷり堪能できる。すいかをみつけたからって包丁持ってうろうろしているって素敵すぎます。しかもそれ振り回すし(^^;

 そして一部では真の最終回などと言われていた鎧土蜘蛛編。前半響鬼の集大成とも言えるこのエピソードは、やはり”悪を倒すヒーロー番組”というよりは、明日夢とヒビキの物語として進んでゆく。こうして改めて観ても、やっぱりかなり異色なヒーロー番組だったんだな、と思える。

 特典のインタビューは、毎回摩化魍を育てる童子と姫役を演じた村田 充さんと芦名 星さん。毎回かなり大変な撮影だったみたいだ。

一周年

 ブログを書き始めてから、今日で丁度まる一年。なんだかんだで、良く続いたなぁ。

 ブログを始めた時はPSY・S全曲レビューが目標で、それがメインになる予定だったのだけど。気が付けば他の話題も結構な数になってる。

 さて二年目はどうなることか

ファイト!/中島みゆき

 しばらく前からiTMSに中島みゆきの曲が登場している。彼女の歌は前から好きだったというわけではなかった。いや、惹かれてはいるんだけれど、大っぴらに好きとは言いにくい、というのが本当のところだったのだろう。学生のころは”暗い”というイメージがあったんだよ。(特に私が学生のころって、暗い、というのはそれだけで悪の印象があった)

 あらためて聴いてみると、これ”暗い”んじゃなくて”重い”んだね。そりゃお気楽な学生の身分じゃ合わないのも当たり前だったのかもしれない。
ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が 笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながら のぼってゆけ

 へたすれば、”待ち組”とか言っている連中が使いそうなフレーズだけど、”闘う君”というのをどういう人たちとして歌っているかを知れば、そんな風に使うのは間違いだということが分かるだろう。
 ”闘う君”っていうのはこういう人たちのことだ。
あたし中卒やからね
仕事を もらわれへんのや と書いた
女の子の手紙の 文字は
とがりながら ふるえている

ガキのくせにと 頬を打たれ
少年たちの眼が 年をとる
悔しさを握りしめすぎた
こぶしの中 爪が突き刺さる

 ”闘わないやつら”がどんな人間か。何もしてないくせに上から見下ろすように嗤う人たち。そういう人たちが嗤うのを止めるのは多分出来ないだろう。でも彼らはこの唄のことなど理解できないちょっとかわいそうな人たちなんだ。

作詞・作曲:中島みゆき

攻撃的で狡猾的なフェミニスト……らしい(^^;

 もう手をださないつもりであった伊勢崎のジャンヌダルクだけど、なんかまた面白いエントリーをあげているのでいじってみたくなった。なにしろ、攻撃的で狡猾で病的なフェミニストなもんで(笑)
(関係ないけど、狡猾的って日本語として座りが悪くないか?)

 とりあえず、こんな発言。
 ジェンダー論を語る人のなかにはまるで、『強迫神経症』とも思われる病的発言をされる方もおいででした。優しいはずのフェミニストがあんなに攻撃的で狡猾的であるということは以前から感じてはいたけれど、実際に論議して、とても驚きました。


"『強迫神経症』とも思われる病的発言"というと手厳しい批判に見えるのだが、具体例をあげてくれないので迫力も十分の一ってところだろうか。じゃあ私が代わりに、沢山のコメントから該当しそうなものを選んでみようか。
 たとえばジャンヌダルクと国防思想についたこんなコメントはどうだろう?
Posted by レッドパージ ???2006年01月25日 15:52
性器教育こそ国民へのレイプだ!
広義のレイプだ!

我々の娘の心の純潔を奪う左翼共産党性教育協会に正義の鉄槌を!

傷つけられているのは我々だ!

 なかなか秀逸だと思うのだけど。この人はフェミニストだったのかな? 

 まあねえ、あれだけコメントが付けば妙なものもあるさ。でも支持者のコメントにもこんなふうにヤバいのはあったってことは無視ですか?

 その後半も面白い。
反面、攻撃されると自らの投稿欄を封鎖してしまうという脆い一面をもった人もいた… そんな実態を知り得たことも良い経験になった、そう思っています。

 批判的なトラックバックを送っていた人たちは何人かいた。でもだれかコメントを封鎖した人がいただろうか? 私は伊藤氏に反論していた主な人たちのところは見ていたんだけど、封鎖した人はいなかったはずだよ。
 トラックバックを送っていないで、コメントで批判している人たちにしても、自分のコメント欄を封鎖した人はいないみたいだが。どこでそんな実態を知ったんだろう? なかなか不思議な人である(笑)

 ところで、このエントリー、最初に問題になったエントリー「男女混合名簿」が引き起こすモノと構造が良く似ている。
・自分の主張に都合の悪いところは書かない。
・裏をとらずに思い込みで書く。
 どうやら、こういう人なんだろうね。フェミニストの暴走よりも伊藤議員の暴走を止めた方がいいんじゃないでしょうか。
 と、性悪で攻撃的で狡猾な私は思うのであった。
 

建国記念日の不思議

 もう終わっちゃった記念日ではあるけど、なんで2月11日が建国記念日になっているか、という話。
 由来についてはこっちの紀元節の説明を読めばわかる。神武天皇なんて伝説の人物じゃないか、なんてのはまあお約束だけど、とりあえずそれはいいや。そこに突っ込みを入れるつもりはない。

 むしろあれだな、「何太陽暦で計算してるんだよ」って言ってやりたい。その当時の最新の暦を使ったんだろうが、おかげで微妙なうさんくささが残ってしまった。日本に暦が入って来たのは大体5世紀から6世紀くらいと言われている。つまり、神武天皇紀元(紀元前660年)のころには日本には暦は無かったはずなんだ。なんか一所懸命計算しているだけど、主張すればするほど空しく感じてしまう。

 そんなところに記念日を設けなければならなかった理由、というのはなんとなくだけど見当はつく、はったりだね(笑) いや真面目な話、当時西欧列強にかこまれて近代国家としての第一歩を踏み出したばかりの国にとっては、”東洋の蛮族”なんてあついを受けるわけにはいかなかった。由緒正しい王家、という看板は対外的にも国内向けにも必要だったはずだ。律令国家として成立した頃を紀元とする手も無いではなかった。しかしそれだと武士達に実権を奪われていた時期の方が長くなってしまう。せっかく武家政治を打倒して天皇を元首に据えたのにそれは避けたい。そうなると、同じようにはったりかましていた日本書紀から紀元をひっぱってくるしかなかったってことだろう。あれも、ようやく国としてのまとまりができたので、権威を内外に宣伝するために作ったようなものだからね。

 こういう形で作られた”建国記念日”っていまいちカッコよくない。なんかねぇ、田舎貴族が箔を付けるために家系図を水増しして自慢してるみたいに感じるのだよ。まあ、いまさらベタで信じている人はそう多くはないんだろうけど、毎年2月11日になっている上に”建国記念日”なんて名前がついてると、ちゃんとした意味がありそうに感じるではないか。

 体育の日みたいに起源がはっきりしている記念日じゃなくて、こういう日の方がハッピーマンデーにふさわしいんじゃないだろうか。っていうのは今年土曜日と重なったおかげで休日を一日損した恨み言である(笑)

so much love for you/KOKIA

しろにゃさんやゆきさんのところで取り上げられていたので、しばらく前から気になっていたKOKIAベスト版出たということなので、まずは試しにこのアルバムから聴いてみた。
 一曲目の「The Power of Simle」からかなり好みで、アルバム通して楽しめた。今度はベストじゃなくてオリジナルの方をちょっと聴いてみたくなった。(たぶん、それぞれの曲もアルバムで聴くと印象変わると思うから)

 そして、このアルバムの中で一番印象に残ったのがこのエントリーであげた「so much love for you(本当は、ここにハートマークが付いている)」このハイテンションは何ごと? と思ってしまうくらい全開でせまってくる。えーと、私はのろけ話を聞かされるのは大好きなので、こういう歌は好みなんだけど、自分が対象になったりすると少し引いてしまうかも(^^; 
好きな理由なんて死ぬほどあるわ 日増しに増えてく愛のアイテム
気付いたらこの目であなたを追ってた もう遅い! あなたに夢中よ

 ちょっとまって、少しクールダウンしてよって言ってしまいそう。ごめんね根性なしで(笑)

「武士道の逆襲」の逆襲

 この間のエントリーでは少し書き足りていなかったような気がしていたし、コメントいただいたことへの回答も含めて、少し書き足しておきたい。

追悼 伊福部昭さん

 もう昨日のニュースになるんだけど、
 訃報:伊福部昭さん91歳=作曲家 映画「ゴジラ」も作曲
 以前、Musical Batonをやったときに、特別な思い入れのある曲としてゴジラのメインタイトルをあげてるんだけど、この曲に限らず多くの映画音楽を手がけた人。私にとっては、ゴジラシリーズをはじめとする特撮映画の作曲家であった。映画館の暗がりのなかで、胸をどきどきさせながら聴いていた音楽を作った人の名前が伊福部昭であることを知ったのは、実はかなり大きくなってからだった。
 
 実は映画の音楽以外の音の部分も含めて、緻密な計算がされているんだよね。音楽理論についても造形が深かった人だ。

 これだけの人がいたことは映画界にとっても音楽界にとっても幸運だった。またひとつ大きな星が墜ちてしまった。
 

武士道の逆襲/管野覚明

 この間百姓の話をしたので、今度は武士について。
 武士道と言うと、新渡戸稲造を思い浮かべる人は多いだろうが、この本の著者は「新渡戸の語る武士道精神なるものが、武士の思想とは本質的には何の関係もない」と言い切っている。それは明治国家体制の元で、それまで幕藩体制下にいた人々を帝国臣民するために作り上げられた国民道徳であって、実際の武士とは無関係なものだそうだ。明治政権というのは、武士を否定することから始まっているのだ。

 では、本来の武士道とは何だろうか? それはあくまで武士という存在がその生活の中で理想として目指してきたものだと言う。だからこの本ではまずは武士がどういう存在であるか、ということを執拗に説く。
 武士の根本には武力を持って己と己の一族を養うものであり、その本質は戦闘者である。自分を支えるものは自分の実力のみであり、それを見誤ることは死ぬことを意味するという、非常に厳しい世界に生きた人たちの規範であり、道徳だった。

 ちょっとこれは、普通の人間には厳しすぎる。確かに魅力的ではあるんだけど。

10億曲カウントダウン

 iTMSのダウンロード数がついに10億曲に届きそう、ということで例によってお祭りが始まっている。50億曲達成が去年の7月終わりだったので、7ヶ月くらいで5億曲売れたことになる。ペースは上っているけど、2004年ー>2005年の上昇率に比べると少し鈍ったかな。

 前回まではこのお祭り、指をくわえて見ているしかなかったけれど、今度は参加できるぞ。10億曲目にあたるとiMac20インチとiPod10台(!)、1万ドルのプリペイドカードが貰える(日本でも貰えるよね、これ)10台のiPodは友だちにあげて欲しいってことだろうか?

 10万曲ごとにもプレゼントがあるので、これからしばらくは楽しめそう。前回は残り2500万曲くらいからカウントダウンが始まって、三週間弱で5億曲達成したんだけど、今度はどのくらいかかるんだろうね。

排除の衝動

 学生のころ読んだ小説のこの一節がいまだに心に残っている。
「人間は嫌悪だけでも殺戮行為がおかせるのだ」
 うかつなことに、こうやって言葉にしてもらわないと気が付かなかったのだが、確かにその衝動は自分の中にある。例えば、私はぶよぶよしていて細長い生き物(芋虫とか)がどうしようもなく苦手で、見ただけで鳥肌が立ってしまう。それがうじゃうじゃ蠢いていたりしたらもう……この気持ち悪い生き物をどんな方法でもいいから目の前から消し去りたい、という強い衝動を感じてしまう。

 実のところ、この感情には理由なんてない。ただの衝動なんだ。ところがこれに意味をつけようとしちゃうんだよな。そして、意味を考えてしまうと、こんどは原因と結果がひっくりかえる(というかそのために意味を付けているようなものなんだけど)。最初に排除の衝動があって、あとからその理由を付けているのに、そういう理由があるから排除しようとしているんだ、と考えてしまうわけ。

 良く使われるパターンとしては、いじめはいじめられる側にも原因がある、ってやつだ。ただ”自分が嫌悪を感じたから”ってだけなんだけど、それをそのまま認められずに別の理由を探してしまうわけね。こんな相手なんだから、自分が嫌悪感を持つのは当然、と思いたい。でも、それを始めてしまうと最初の感情は隠れてしまう。理由が相手の側に行ってしまうから、排除の衝動は抑えられなくなる。対処しないといけないものは、自分の中にある嫌悪感のほうなんだ。

 私にとっては、気味の悪い生き物っていうのはそういうことを思い出させてくれる相手なんだな。
 

百姓の江戸時代/田中圭一

 江戸時代、百姓は武士に支配され、厳しい搾取にあっていた……というのが一般的なイメージだろう。だが、筆者がこの本で描いて見せた百姓像は全く異なるものだった。

 この本では主に幕府の直轄領であった佐渡の各村に残る資料を元に、権力者側からではなく、百姓の側から見た江戸時代の実情を書いている。それは、「厳しい身分制度に縛られ、お上にはさからわず生きてきた」なんてものではなかった。生産者として権力者側と渡り合い、理不尽な要求に対しては時には命がけで抗議する姿だ。

 例えば、江戸時代の租税法はその年の出来高を元に計算する検見制から、毎年一定額を徴収する定免制に切り替わるのだが、これはどうやら百姓側の希望によるものらしい。さらに、定免制に移る時に年貢額を決める際にも、幕府側は百姓側の意見を取り入れている。
 また、役人と名主との癒着を訴えて、勘定奉行を失脚させたり、名主の世襲制をやめさせたりと、政治的な要求をのませたりもしている。名主はもともと幕府が村の支配のために置いた存在のはずなのに、時代が下るに従って百姓側の利益の代弁者になってゆく。

 もちろん、これが幕府の直轄領という少し特殊な事情を持っていた地域の史料をもとにした話であることは気をつけないといけない。日本のすべてがこうであったとはすぐには言えないだろう。だけど、ただ支配されるだけの存在ではなかったとは言えそうだ。

オーロラの不思議な街/PSY・S

 ぷかぷかシリーズ第四弾。歌詞にも入ってるんだから、間違いない。波の上でただようように、永遠にこうしていたかったのだけど……
 なんだか、布団の中で「あぁ、そろそろ起きなくちゃ」って感じている時の気分に近い。本当はもう少し寝ていたいのだけど。

果てしなく 旅は続いてる
あの時見てた 景色の中を

 何度も懐かしい景色を夢に見るんだろう。

作詞:森雪之丞
作曲:松浦雅也
アルバム
「ホリディ」
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