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花のように/PSY・S

 東京も、やっとこのエントリーが書けるような気候になってきた。
 イントロを聴いたとたんに、満開の桜並木が脳裏に浮かんだ。私にとって桜の花は入学式のシーズンに見るものなんだが、この曲の歌詞はどう考えても別れの場面、卒業式である。
花のように
潔くなくちゃ
ほらね 笑顔のまま

 確かに、ぱっと咲いてぱっと散る、染井吉野のイメージは出会いよりも別れの方がふさわしい。私だって、見ているのは入学式の時なのに、やっぱり別れのイメージで受け取ってしまう。(人事異動ってのもあるけどね)
 満開の桜の下、違う道への一歩を踏み出す二人。ちょうどそんな季節だよね。

作詞:松尾由紀夫
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「HOME MADE」(acoustic version)
「Emotional Engine」(ALBUM MIX)
「Two Brigdes」(remix version)
「GOLDEN☆BEST」(シングルバージョン)
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歌にはできなくても/種ともこ

「IN」からもう一曲。このアルバムは結構久しぶりの新作で、しばらく活動の間隔が空いていたのだ。だからなのか、「歌いたい」って気持ちが爆発しているような気がする。いろいろ伝えられないもどかしさ、みたいなものが伝わってくる。
カッコ良く自分のカッコ悪さ見せられる境地へと
comprehension 求めてじたばたする毎日

そうやってできたのが、この歌なんだろうな。そしてやっぱり
願いある限りは流れ星探すよ
歌にはできなくても心を伝えたい

こうやって、私たちに伝えてくれるわけだ。

作詞・作曲:種ともこ
アルバム
「IN」

守ってあげられないこと/種ともこ

 私が種ともこさんを知ったのは、PSY・Sを知ったのとほぼ同時期だった。きっかけとなったのは「Pumps Race Song」という曲で、その跳ねるようなスピード感が心地よかったのだ。(しかし、この曲が収録されている「ベクトルの彼方でまってて」というアルバムは買いそびれてしまった) それからは、好みのアーティストとしてずっと追っていた。彼女の歌声は独特で、ちょっと他に似た人を探すのが難しい。曲の方も、女の子女の子した曲があるかと思うと、やたら”男前”の曲があったりと、不思議な魅力にあふれているのだ。
 「守ってあげられないこと」という曲は、そんな彼女が久しぶりに出したアルバム「IN」に収録されている。ずっと彼女の曲を聴いている私としては、「ああ、彼女も母親なんだな~」といろいろ感慨深い。男前のところと、女性っぽい、母親っぽいところが一緒に入った、なんとも彼女らしい曲だと思う。最後はこんな風に終わるんだ。
守ってあげられないことが
これからもっと増えるよ
見てるしかできない私を
そっと追い越してオトナになれ
決して振り返らず走ってゆけ
つないでた手と手はおぼえていて


作詞・作曲:種ともこ
アルバム
「IN」

先を越されて悔しかったので、エントリー立ててしまいました(笑)

Lemonの勇気/PSY・S

 私がPSY・Sを知るきっかけとなったのがこの曲だった。「Chasing The Rainbow」よりもより直接的に窮地の中での希望を歌ったものだと思う。希望というよりも”静かな決意”と言った方がいいかもしれない。チャカのヴォーカルはウエットになることなく、どこか突き放したようなクールさを保っているが、それがかえって決意の深さを感じさせる。
 一時期、ひどくへこんだ時期があったのだけど、そのころは毎朝この曲を聴いてから仕事に出かけていたんだ。だから、
握りしめている
希望のseed
すっぱい痛みに満ちるロマンを
描がく勇気!

今でもこのフレーズを聴くと、自然に右手で握りこぶしを作ってしまう。

作詞:サエキけんぞう
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「Mint-Erectric」
「TWO HEARTS」(New Mix)
「HOME MADE」(acoustic version)
「GOLDEN☆BEST」

多様性と普遍性

 寺子屋に関しては、公的な制度は何もなかったため、教育内容はそれぞれのお師匠さまたちに任されていました。しかし、初等教育がきちんと機能するためには、教育内容の普遍性も必要になります。江戸で教えていることと大阪で教えていることが全く異なっていたら、話になりません。
 普遍性を保つためには、この時点ですでに民間レベルでかなり整備されていた出版・流通網が役に立っています。寺子屋の教科書は前述したように多くの種類がありますが、内容についてはある程度の共通性があります。読み書きに関しては仮名手本を終えてからは「往来物」と呼ばれる手紙文のやりとりを元にした教科書が使われることが多かったようです。これは「商売往来」「百姓往来」といったように職業別に良く使われる文章を集めたもの、「江戸往来」「東海道往来」といった地域のことを中心にまとめたものなどが出版されていました。
 また、儒教的な道徳訓話をあつめた教科書もありました。中で変わり種は吉宗公(良く出てきますね(笑))の命により編纂された「六諭衍義大意」という道徳の教科書でしょう。政府によって編纂されたものが変わり種というのも凄いですが。
 算術の教科書となると、「塵劫記」という江戸時代を通じてベストセラーとなったすぐれた教科書があります。数の位取りや四則演算から、金利計算、面積や体積の求め方などを実例を使って体系的に説明したもので、現代人でも特に専門職に就くということでなければ、この教科書に書かれた内容を理解できれば、ほぼ不自由なく日常生活を送れるであろう、というものになっています。
 「塵劫記」は本家以外に多くの海賊版が出版されています。教える内容が数学という普遍的なものですから、内容が似通ったものになることは避けられなかったのかもしれません。
 江戸に多かった武士が副業として教えているような手習い(武士階級なので寺子屋という言葉はあまり好まれなかったみたいです)だと、「千字文」「唐詩選」といった中国のテキストが好まれました。中国文化は当時の知識階級の教養でした。これらの教養を身につけるために、武士の師匠の元に通う庶民の子もいたということでしょう。
 このように、各種の教科書がある程度の量で出版されて出回ることは、教育内容を一定のレベルに保つことに役立ちました。また同時に、これだけのバリエーションの中から選択することで、多様性を持つことができたのです。

Chasing The Rainbow/PSY・S

 12インチシングルという形で発表され、アルバムには収録されなかった結構レアな曲。後にもう一つの12インチシングルと一緒にCD化されている。タイトルは直訳すると「虹を追いかけて」。窮地の中での希望というテーマではないかと思う。その割に曲もアレンジもあまり深刻にならない、というか楽しげにも聴こえてしまう。希望の方に比重があるからだろうか。
手足にからみついた 思い出を
ひきちぎる力が 残ってなくても
愛が近づく、ささやきが見える
いつか聞いたあの虹が消えずにいるから

 人は過去に縛られるし、そこから逃れることは難しい。それでも希望は見えるのだ。

作詞:安則まみ
作曲:松浦雅也
アルバム
「BRAND-NEW MENU + ANOTHER DIARY」

引力の虹/PSY・S

 実は、最初はそれほど好きな曲ではなかった。でも、何度か聴いているうち、いきなり歌詞が心に入って来たような感じになって、それ以来、かなりのお気に入りの曲に変わったのだ。
 初めて会ったときから、なぜか惹かれる人がいる、まるでお互いの間に引力でも働いているかのように。心が揺れて、変わったように見えても、最初に感じた想いは変わらない。
さざめく胸に 虹は波にゆれて
かげりない そのかたち変えても
無垢の花束 誰のものでもなく
はじめから あなたが好きでした

すこしずつ、ゆっくり、近づいてゆくような、そんな感じがとても好みだ。

作詞:松尾由紀夫
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「ATLAS」

寺子屋と小学校

 Jabberwockさんのこことか、gegengaさんのここ、アキラさんのここを読んで、ちょっと書きたくなりました。

 日本での公権力による庶民階級に対する初等教育は明治に入ってすぐに始められました。しかし、良く知られているように、初等教育そのものはそれよりもはるかに早くから始まっています。寺子屋ってやつですね(江戸では手習いと呼んでいました)。幕末の時点で、全国に約16000の寺子屋があったといいます。就学率は幕末で大体25%くらい、都市部では7割を超えていたみたいです。
 寺子屋の面白いところは、これが公権力とは全く関係なく、庶民の手によって作られ運用されていたところでしょう。読み書きそろばんというように、基本的な読み書きの能力と算術を中心に教育がなされていました。このころも生きて行くために最低限必要な項目としてはこれくらいだったんですね。国が決めたカリキュラムなんてものは存在しないので、教育はそれぞれの子供の習熟度なり商売なり親の都合なりを考えて個別に行われていました。教科書の種類も多く、現在残っているものだけで約7000種あるそうです。いつ教育を始めていつ終えるか、というのも完全に個人の都合に任されていました。
 おそらく、当時としては世界でも最高水準の初等教育環境にあったと思われますが、明治になってから、政府から「その師匠であるもの大概は流落無頼の徒であって自分の生計を立てるにも不能。素より教育の何足るかを知らないもの」などと批判されて、多くの県で廃止されています。(東京など、逆に保護して私立小学校となったところや、公立学校に教員を引き継いだところもあります)
 近代国家として、国を一つにまとめるためには、寺子屋のような形ではなく、小学校のような全国一律の教育が必要だったのでしょう。しかし、初等教育が生きて行くために最低限必要な事を学ぶ、ということを目的にするのであれば、必ずしも公権力は必要ないように思えます。

桜と杉

 今年はいつまでも寒かったですが、あと、一、二週間もすれば東京でも桜が見られるようになるでしょう。花見の名所というと、上野山や、墨堤、飛鳥山、小金井堤などがありますが、上野山以外の場所に桜を植えたのは、やはり吉宗公でした。
 上野山はもともとお寺の境内だったので、花見でどんちゃん騒ぎなんてことはできなかったのです。酒も飲めなかったし。そこで、庶民が気軽に花見が出来るようにと、江戸城から桜の苗木をこれらの場所に移して桜の名所を作ったのです。さすがは暴れん坊将軍(^^)
 飛鳥山には吉宗公自ら花見に出かけたそうですから、本当は自分が騒ぎたかったのかもしれません。さすがにこの時代にこんな理由で植林した例は他になさそうです。

 春と言えば、もうひとつ杉の木も話題に上がりますね。こちらは花粉症に悩まされる今の人たちにすれば、あまりうれしくないでしょうが、江戸時代は建材としての需要があり、やはり植林事業が起きています。杉並区の名前の由来がまさにこのあたりにあった杉並木にあるそうなので、この辺も産地だったんでしょう。杉林は木の畑みたいな感覚だったのかもしれません。火事も多かったから、需要もたくさんあったでしょうしね。

1/2の永遠/PSY・S

 SilverRainとは雨つながりです。夜の街の雨の風景というのは同じだけど、ずいぶん印象が違う。”半身”という言葉を使う事があるけど、自分とは違う他人のことを自分の半分と思えるというのは不思議だよね。
違うくせに似てる 違うから探してる

 相手の中にある、似ている部分、違う部分を探しながら、自分の半分として受け入れる事。それは決して簡単ではないし、痛みを感じる事もあるだろう。それでも一人では半分でしかない。
痛むほど 愛は膨らんでゆく
夢を軋ませて
ひとりずつの 1/2の
永遠を 絡ませて

 PSY・Sにしてはめずらしく、同じフレーズの繰り返しで終わるこの曲は、やっぱりちょっと痛いのであった。

作詞:森 雪之丞
作・編曲:松浦雅也

*このエントリーの内容は、アキラさんのこちらのエントリーに触発されて書いたものです。

Silver Rain/PSY・S

 まるでガラス越しに雨を見ているように静かに始まる曲。夜の都会に銀色の糸のように降る雨のイメージが、透明感を持って目の前に広がっていく。この曲は単独で聴いてもよいが、アルバムに収録されている状態のまま聴いた方がずっと楽しめる。
 収録されているアルバムNon-Fictionでは、この曲は名曲AngelNightのすぐ後に流れる。全速力で走った後、ふと足をとめたような気持ちで聴くと、この透明感が気持ちいい。静かにはじまった曲は徐々に華やかさを増して行き、こんなフレーズで終わる。
Shower Tears 銀の糸を
Silver Tears つむぐ街角に
Silver Rain バレエのように
Silver Pain 想いがめぐる
Dancin' in the ...Silver Rain

 曲が終わって、次の曲が始まるまでの短い余韻の中で、激しい雨音が聞こえるような気がする。

作詞:サエキけんぞう
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「Non-Fiction」

武蔵野開拓史 その3

 このエントリーのコメント欄でちょっと触れましたが、日本人は上水道は作ったけれど下水道は作らなかった、という批判があります。(最近もこんなことは言われているんでしょうか?)
 実際には、江戸では人の屎尿は上質な肥料として取引されていたので、下水に流すなんてもったいないことは出来なかったというのが本当のところですが、これは自然の理にもかなっていました。
 植物の生育には水や二酸化炭素、日光などの他にも、窒素、リンなどの元素が必要です。畑で作物を育てて、都市に出荷しているだけでは、これらの元素が土中から減ってしまい、土が痩せてしまいます。屎尿には窒素やリンが多く含まれていますから、消費地である江戸からこれを集めて肥料として畑に戻す、というのは合理的なやりかたです。江戸の人たちの面白いところは、自然の理に乗っ取った資源の循環を経済活動という人の都合にうまく合わせてしまっている、というところでしょう。おかげで幕府としては、屎尿処理に関してほとんど何もする必要がなくなってしまいました。時代が下り、肥料としての需要が増えるにつれ、逆に供給不足から価格の高騰を招いてしまう、という事態まで起こっていたりします。

 このように下水道を作って屎尿を川や海に流してしまうというのは、資源的に見てももったいない行為です。それだけではなく、窒素やリンは水系の富栄養化の原因になりますから、長い間続ければ、土壌は痩せ、海や川は汚染されるという最悪の結果を招く事になります。

 もちろん、下肥の利用は、寄生虫の問題など、衛生面に問題があることは確かです。しかし、環境に対する負荷や、建築と運用にかかるコストまで考え合わせると、下水道を作らなかった事がそれほど非難に値するとはとても思えません。

Old Fashioned Me/PSY・S

 一時期、毎月のように出張で広島と東京を往復していたことがあった。飛行機は嫌いだったので、新幹線を使っていたのだが、帰ってくるときはくたくただった。ちょうど東京駅のホームにつく頃に、この曲がかかるように調整したテープ(当時はカセットテープで持ち歩いていた)を聴いていた。
 どうしてか、「帰ってきた」という気分にさせてくれる曲だったのだ。疲れた心と身体に染みてくるような歌声に、一仕事終わった緊張感をほぐしてくれるような気持ちになった。もっとも、歌詞の方は、
廻り道して 遊んだ 夕暮れ
大きな お陽さま 覚えているわ

と、遊んで帰ってくるところなんだけど。

作詞:安則まみ
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「PIC-NIC」

武蔵野開拓史 その2

 武蔵野の農家の人たちが苦労しながらも耕作を続けていたのは、やはり近くに江戸という大量消費地があったからというのが大きいでしょう。
 時代が下り、吉宗公の時代になると、新田開発が奨励されるようになりました。江戸の人口もだいぶ増え、近郊農家には食料供給地としての役割が求められたのです。新田開発によって年貢の増収を図るという意図もありました。武蔵野にもこの時期に多くの人が入植しています。
 新しく耕作地を作るに当たって貧弱な土壌はやはり問題になりました。先行して開拓していった農家は、下肥や油粕、干鰯、あるいは、草を刈って作った堆肥などを土に入れて、土壌の改善を行っていました。ただ、自家製の堆肥はともかく、それ以外の肥料にはお金がかかります。(下肥はもとは人間を含む動物の排泄物ですから、ただでもいいような気がしますが、上質の肥料になるため、江戸では高値で流通する商品でした)
 新規開拓者は文字どおりベンチャーですから、資金はなるべく節約するに越したことはありません。そこで、防風林として育てた林は堆肥を取る為の林ともなっていきます。
 林が育ち木の量が増えてくると、今度は木そのものが現金獲得の手段となってきます。燃料としての用途です。近場に大量消費地としての都市があるのですから、計画的に採取していけば、永続的な現金収入が見込めます。そりゃ木々の世話にも身が入ることでしょう。もちろん、回復できないほど切り出してしまえば自分たちが困るのですから、そんな真似はしません。

 こうして、武蔵野は徐々に木々に覆われるようになっていったのです。

つづく

武蔵野開拓史 その1

 アキラさんのこのエントリーに触発されて、江戸時代のヒトと自然の関わり合い方について、少しまとめてみることにしました。

 江戸というのは不思議な街です。普通、都市というのは肥沃な土地に自然に人が集まり始めて、土地の資源を消費しながら大きくなっていくものだと思います。ところが、江戸というのは、もともとそれほど恵まれた場所では無かったところに人工的に作り上げた都市で、大きくなるにつれ、周囲の自然環境を豊かにしながら発展していきます。こういう発展の仕方をした都市というのは珍しいのではないでしょうか。

 江戸が生まれた頃、武蔵野台地は一面すすきの生い茂る野原が広がり、ところどころに雑木林が点在するという荒野でした。それまでも、無人の野というわけではなかったのですが、耕作にはあまり向かない土地柄でした。
 なにしろ、水利が悪い。そして、火山性の赤土の土壌は植物の生育には不利でした。もともと照葉樹の森林があったらしいのですが、焼き畑や放牧の為に開拓されたあと、復活するのは難しかったようです。
 ここに江戸という大都市が生まれることで、状況が変わり始めます。最初に行われたのは飲料水の確保でした。そのために、まず小石川上水(後の神田上水)が、次いで玉川上水が作られます。これらは飲料水の確保の為に作られた水道ですが、玉川上水の水は、同時に近郊農家への農業用水としても分配されることになりました。
 水利の問題はある程度目処がついても、土壌の問題は未解決のままです、また、この地域の農家は風にも悩まされました。遮るものが何もないすすきの原を吹いてくる風は非常に厳しく、ただ草を刈る為にも紐で身体をくくりつけなければ飛ばされてしまうほどだったそうです。 
 そこで、まず防風のため家や耕作地の周りに木を植え始めることから始まりました。

 つづく

From the planet with love/PSY・S

 カッコいい! 最初に聴いたときの感想がまずこれだった。Different Viewに収録されているオリジナル版もいいんだけど、まだ少しチャカの声が硬い。ここは'87バージョンを推したい。
 どこかの星からとどいた愛のメッセージ。SFっぽい曲はこのあともたびたび作られるんだが、この曲が始まりだったと思う。
Hey I'm sending you the message
with a lot love right from this small planet

 この曲には、日本語のタイトルもついている、「銀河より愛をこめて」

作詞:安則まみ
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「Different View」
「TWO HEARTS」('87 Version)
「GOLDEN☆BEST」('87 Version)

雨のように透明に/PSY・S

 悲しいときや寂しいときに、あまり良い天気だったりすると、余計に悲しくなってしまうことがある。そんなときには、かえって雨が降っていたほうが良い。そりゃ土砂降りではイヤだけど、しとしと降る雨だったら、窓からぼーっとしながら眺めていると、不思議と気分が落ち着いたりする。
虹のスキャット 雨のように透明だから
悲しみは 柔らかさに変わってゆくよ
雲のように

 慰められる? 癒される? うーん、それともちょっと違う。柔らかさに変わってゆく、確かに、そんな感じだ。

作詞:サエキけんぞう
作・編曲:松浦雅也
アルバム
Emotional Engine

The Seven Colors/PSY・S

 もともとはMac用に出ていた同名のゲーム中で使われていた唄。このゲーム、天使が落とした七色のハートをプレイヤーが集めるアドベンチャーゲームになっていて、それぞれの色のハートを手に入れる為のヒントが唄になっているのだ。ゲームのエンディングには、すべてのヒントソングを集めたフルコーラス版が流れる。エンディングは、それまでゲームの舞台になっていた街を上から見下ろすような画面に変わっていくんだけど、そこで街の形が「PSY・S」になっているということが分かるのだ。今のMacでは動かないので、もうそのシーンは見ることが出来ないのが残念である。

 (曲ではなくて、ゲームの紹介になってしまった……)

 それぞれの色のイメージの断片が、クールジャズ風(でいいのかな)の曲に乗って流れてくる、そんな印象は、多分このゲームのせいだろう。
七つの色が揃ったら
きっと未来のとびらがひらく


作詞:森雪之丞
作・編曲:松浦雅也
アルバム
Window

私は流行、あなたは世間/PSY・S

 名曲ぞろいのPSY・Sのバラードの中でも、メロディの美しさは一、二を争うと思う。そのことは、Collectionというアルバムに収録されているインストバージョンを聴くとよくわかる。
 でもやはりオリジナルのヴォーカルバージョンを聴いて欲しい。曲の終わり、チャカの声に、唄うように入ってくるピアノの音がなんだか切ない。一番切ないのは嫌われることでも、憎まれることでも無く、忘れられてしまうことだと思う。最後は、ピアノの独唱で終わるのだ。
 繰り返し、繰り返し、重ねた言葉
 いつまでも、いつまでも、確かめてみる


 それでも、忘れないと前に進めない。そういうときもあるから。

作詞:安則まみ/松浦雅也
作・編曲:松浦雅也
アルバム
Different View
PSY・S Presents "Collection"」(Instrumental Version)
Two Spirits」(Live Version)
GOLDEN☆BEST」(Live Version)

電気とミント/PSY・S

 一週間を歌った唄っていうのはたくさんあるけど、水曜日から始まる、なんてのはこの曲くらいじゃないだろうか。最初に聴いたときはそれがとても新鮮だった。
 それぞれの曜日の歌い出しが可愛らしい。ちょっとわがままで、相手を振り回したり、逆に相手に振り回されたり。お互い相手は気になるけど、まだよく知らない時期のやりとりは楽しい。
まつげの先で スパークしてる
あたらしい恋 はじめての恋
気になるのかな まちがえたかな
ウ・イ・ン・ク

 ウィンクしたり、返されたり、でも最後は返してくれなかったんだね。

作詞:松尾由紀夫
作・編曲:松浦雅也
アルバム
Mint-Electric
TWO HEARTS」(Movie Mix)
GOLDEN☆BEST」(Movie Mix)

どうして?/PSY・S

 長い物語の中の一つのシーンを取り出したみたい。語られていないところを想像しながら聴くのが好き。ひとつひとつの言葉の後ろに、いろんなことがあったんだろうな、きっと。なんて思いながらね。
 
 ホリディに収録されていた最初のバージョンも良いけど、私はストリングスアレンジのHOMEMADEバージョンの方が好きだ。なんというか、たまんない気持ちになる。
悲しい出来事が 夢だったみたいに
あなたに もたれて 空を見上げる

 いったい、どんなことがあったの?

作詞:森雪之丞
作・編曲:松浦雅也
アルバム
HOLIDAY
HOME MADE
Two Bridges

CHILD/PSY・S

 故伊丹十三監督のホラー映画「スイート・ホーム」のイメージソングだった。ホラー映画用に作られたとはとても思えないほど美しいバラードになっている。

 ファンの間では人気が高いのに、なぜか映画のサントラ以外のどのアルバムにも収録されず、結構レアな曲だった。(二年くらい前に出たベスト版には収録されている。)

 この曲、映画の印象もあって、死んでしまった子供のことを歌っていると解釈してるんだけど、普通のラブソングみたいに聴くこともできそうだ。
どうして 楽しいときは 短いんだろう
どうして 幻のほうが 好きになるのかな
ごめんね もっともっと 遊びたかったのにね

 もう、あえなくなってしまった人のこと、かな?

作詞:松尾由紀夫
作・編曲:松浦雅也
アルバム
「SWEET HOME(サウンドトラック)」
GOLDEN☆BEST

薔薇とノンフィクション/PSY・S

 バンドブームまっただ中に発表された曲だけあって、いわゆる”縦ノリ”(もうこの言葉も死語だよね)の激しい曲なんだけど、その中でたまに見える”静かさ”がただのノリだけの曲にしていない。
 そのせいもあってか、派手目の曲調なのにどことなく寂しさを感じてしまう。とはいえ、基本的には前向きな歌詞なんだよね。PSY・Sの曲はいつもそうだけど。
遠い火を 見つめながら
やさしい気持ちで いつもいるから
一輪の薔薇を胸に
わたしたちの 今 未来

唇には唄を、心には花を、ってね。

作詞:松尾由紀夫
作・編曲:松浦雅也
アルバム
Non-Fiction
TWO HEARTS
GOLDEN☆BEST

セパレイト・ブルー/PSY・S

 この曲で歌われているブルーというのは、空の青と海の青。同じ色のように思えても水平線で触れ合うことはあっても、解け合うことはない。
 これも、いろいろ深いです。そんなに簡単に他人と分かりあうことはできない、だって、あなたとわたしは違う人だから。
 だけど、同じ時代、同じ場所で生きることも、触れ合うこともできる。どちらも青なんだけどね。
高く果てない青と深まる青
溶けることなくキスをする

 青といえば、PSY・Sの曲にはジェラシー・ブルーという名曲もあった。この曲についてはいずれ。

作詞:神沢礼江
作・編曲:松浦雅也
アルバム
SIGNAL
HOME MADE」(Acoustic Version)

コペルニクス/PSY・S

 タイトルが先にあって、歌詞とメロディができたのか、それとも歌詞とメロディからタイトルを付けたのか、と聴くたびに気になってしまう。
 イメージとは全然違うような気もするけど、聴いているうちにこれしかないような気になってくるし、不思議な曲です。

 だってねえ、

裏切りなんてほんとは 素直な証拠ね
すれ違うならずれてる 私のせいです



 こんなふうに歌っちゃうんですよ。それもやさしいメロディに乗せて。
わかって欲しいけどわかってもらえない、その気持ちはこんなだったのかな。

作詞:佐伯健三
作・編曲:松浦雅也
アルバム
PIC-NIC

Wondering up and down ー水のマージナル/PSY・S

 この曲、私はPSY・Sの最高傑作だと思ってます。
 ほとんど情景描写しかしていないんですが、アコースティクギターの響きと共に夏の水辺のイメージが広がり、なんとも切ない気持ちになります。
 
 日本語を奇麗にメロディに乗せるのって、意外と難しいものなのですが、この曲は言葉の響きがとても奇麗です。リフレインというか、繰り返しが印象的なんですが、単純に同じものを重なるわけではなく、

じゃあまたね/またあした


眠れない/眠ろうとして


水に流れる/水の流れる



こういうふうに少し違う響きを持たせてあるんです。
 
 そして、曲の最後、二つのメロディが重なっていき、最初のフレーズで終わる。もう聴き終わったとき、ため息が出てしまいます。

作詞:松尾由紀夫
作・編曲:松浦雅也
アルバム
ATLAS
TWO HEARTS
GOLDEN☆BEST
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