APPETITE/中森明菜

いまだ明菜祭り継続中で、最近聴いていなかった古いアルバムなども引っ張りだしてヘビロテ中なのであるが、80年代に比べると90年代以降の曲は知名度がいまいち。しかし、埋もれさせておくにはあまりにももったいない曲が多いのに改めて気づいたりしている。

人間の男に恋した植物の歌と聞いてどんなイメージを浮かべるだろう? 「草食系」なんて言葉があるくらいだから、植物ってのは受動的でおとなしいなんて思ってしまうかもしれないが、とんでもない。生命力にあふれた亜熱帯のジャングルを連想するような濃厚で官能的なラブソングなのだ。だいたいこのお題で相手の男がキックボクサーでジゴロなんて、どっからその発想が出て来るのだ。これをまた、えらくかっこよく歌うんだよな。いろいろ書くより見る方が早いよね。

アイドル歌手だったころも良いけれど、この雰囲気はやっぱり年取ってからでないと出せないと思う。しかし、この曲全然売れなかったらしい。もっと知られてもいい曲なのに、もったいない。この人の場合、音源で聴くよりライブでのパフォーマンスの方が数倍いいから、そのへんも影響してるのかもしれないけど。

iTunesのリンクはこっち

DIVA/中森明菜

実は昨日のエントリーはただの前振りなのである。昔話がしたかったわけじゃないんだよね。80年代の輝きがあまりにも強すぎるうえ、最近のベスト盤やカバーアルバムの乱発、そして一昨年からの休業とすっかり過去の人のように思ってたりしないだろうか? でもそれは大きな間違いなのである。

というわけで、今のところ一番新しい彼女のアルバム(iTunesStoreへのリンクはこっち)。
前作のDESTINATIONもかなり良かったのだけど、本作はそれ以上。もうね、1曲目のイントロ聴いた時点でぞくぞくしてしまった。ハードでダークでかっこいい!! うん、確かにカバーも悪くない、ベスト盤で昔を振り返るのもいいだろう。でもやっぱり、”今”を歌うのが一番あってるよ、この人は。
収録曲はどれも捨て曲なし、特にタイトル曲であるDIVAのかっこよさは異常。悲しみも憎しみも力に変えて、揺るがずに真実の愛を歌うDIVA。真っ正面からそう歌うか。ええ、ええ、あなたはその通りの人です。もう認めるしかない。
ハードな曲ばかりでなく、バラード系もかなりいい。今までリリースされた彼女アルバムの中でも一番すきかもしれない。正直な話、長く聴いているけど、こんな感想を持つなんて思わなかったよ。アルバム後半のX lady〜HEARTBREAK〜withの流れもいいんだよな。これはライブで聴きたいよ。

そう、昨日のエントリーは昔の彼女を偲んでいたのではなく、もう一度歌ってくれることを期待しているのだよ。だってこんなのを聴かされたら期待せずにはいられないじゃないか。ずっと待ってるからこの先を聴かせておくれ。

収録曲
GIVE TAKE
DIVA
thinking of you
REVERSE
逢えなくて
X lady
HEARTBREAK
with
茜色の風
Going home

Legend of DIVA

夜のヒットスタジオとザ・ベストテンの中森明菜DVDBOXを買ってしまい、このところ中森明菜祭りが続いている。人気絶頂期の映像にたっぷり触れたおかげで、懐かしくなってしまったというのもあるんだけど、長いこと聴いてなかった当時のアルバムを引っ張りだしてみたら、これが思っていたよりずっと良くて。持ってない他の音源とか、映像ソフトとかも欲しくなったりしてる。あとYouTubeで映像をあさったりとかね。

80年代後半の彼女というのは人気と実力を兼ね備えたトップスターだった。ちょうどこの時期の曲を集めたベスト盤がある。
BEST II/中森明菜
ノンフィクション エクスタシー
TATTOO
DESIRE -情熱-
TANGO NOIR
BLONDE
I MISSED “THE SHOCK”
AL-MAUJ (アルマージ)
Fin
ジプシー・クイーン
難破船

見ての通り名曲ぞろい、それぞれの曲に独自の世界があって、でもなぜか統一感のあるという飽きのこない良いアルバムである。だがしかし、当時の映像を見てしまうと「こんなもんじゃないですよ」と言いたくなってしまう。曲ごとに変わる世界観に合わせた衣装とセットをそろえ、しなやかに踊りながら歌う姿は本当に魅力的で、TVの歌番組というのは彼女に取って最高の舞台だったんだと思う。いや、ほんとうにわずか3分のドラマのためにどれだけ魂込めてるんですか、あなたは。

で、多分同時代を知っている人にとって、80年代後半の中森明菜ってこの、ヒット曲連発してTVの歌番組で派手なパフォーマンスしてたイメージが残っていると思うのだが、実はそれすら当時の彼女の魅力に半分にも達してなかったりするのだよ。

まずはシングルB面。A面にくらべて露出が少ないのだけど、埋もれさせておくのがもったいない名曲ぞろい。このころはA面候補に最後まで残ったものがB面にまわることが多かったようで、「こっちがA面でもいいんじゃないの?」って曲ばかり。このへんから手に入るので、ぜひ試聴だけでも。

そして、もうひとつはアルバム。このころのアルバムって、TVでのパフォーマンスをメインに据えたシングルとは全く違うコンセプトで作られていて、ほとんどシングル曲が入っていない。ビジュアル面を含めたトータルで世界観を作っていたシングルと、音の力だけで歌の世界を伝えなければならないアルバムとじゃアプローチが違うのは当然って言えばそのとおりなんだけど、それを曲や詞を他から提供してもらう歌手という立場で自覚して自ら手がけていた人というのは、あんまりいないんじゃないかな? 音楽的な実験が多くて、それは必ずしも成功とは言えないこともあったけれど、今振りかえって見れば、確かに彼女の糧となっていることがわかる。
つうかですね、不思議なんて、当時全然わからかったけれど、久しぶりに聴いてみたら、これとんでもないですよ? 全然古くなってない。

B面やアルバム曲は露出が皆無というわけでもなく、夜ヒットのDVDにも何曲かおさめられているし、YouTubeにもあがっていたりするので探してみてもいいかもしれない。先に書いた「不思議」の曲を歌った回は伝説化してるそうだし(^^)

そんなわけで、まだしばらく祭りは続くのである。

30万人説について

「虐殺自体は否定しないが30万人は捏造だ、それだって歴史の改竄じゃないか」ってのは、とりあえず多少は知っているが中国の主張を否定する時の人の落としどころになってるようだ。じゃあ本当にそうか見てみよう。

30万人というのは元々は戦後すぐに開かれた南京軍事裁判における事実認定の数字である。中国共産党政権はこの数字をそのまま公式見解として使っていると見ていい。裁判で量刑を決めるために使われた数字なのだから、当然根拠を求められる。そして判決文によるとその内訳は、埋葬された死者数15万以上(根拠は埋葬記録)、埋葬されずに遺棄、焼却された死者数19万以上(根拠は証言証拠の積み上げ)の合算となっている。

確かにこの数字は不正確で、不法に虐殺された人数としてそのまま認めるには根拠が弱い。だが、量刑を決めるという点においてそれ以上の精度は求められておらず、裁判にかけられる時間も限られているため、そのまま事実認定された。これをもって犠牲者数を「盛っている」とする指摘は的外れだろう。

南京事件に限らず、一般的に、このような大量虐殺の被害者数を測るのは困難である。例えば原爆投下や東京大空襲の犠牲者数は未だに正確な数は不明で、原爆の場合でも20万以上、あるいは14万以上など諸説ある。
さらに南京事件の場合、陥落後から終戦まで実質上日本の支配下にあり、被害規模の調査ができなかったという要素もある。日本軍は南京攻略戦における中国人の人的被害について一切の統計データを残していないのだ。まあ、何人死のうが知ったこっちゃないってことなんだろう。残していれば、30万人という推定人数に対して抗弁する根拠になり得たのだけど。

それに加えて、この時期は国共内戦で慌ただしく、充分に時間をかけて調査する事も難しかった。30万人という数字はそういった様々な制約の中で出てきたものだと言う事は知られるべきだろう。

私の意見としては、30万人という数字は対外的なプロパガンダと言うよりも、国内向けの「象徴」としての意味合いが強いのではないかと思う。そのため迂闊にいじれないし、また、象徴とする事でかえって個々の被害の実態から遠ざかってしまっている面もあるのではないだろうか。

さて、推定人数の下方修正だが、出来ない話ではないと思う。ただしそれを行うにはもっと精度の高い調査が必要だろう。30万人という象徴の数字を打ち消すためには、具体的な事実に裏付けられた数字を出す必要がある。そのためには例えば、現在は防衛省が機密扱いにしている日中戦の資料を公開するといった事も必要になってくるのだが、「南京事件の真実を暴くのだ!」って人達からそんな話が上がることはまずない。そして、実際に下方修正を行おうとするなら、その過程で、過去に日本軍の犯した罪と真っ正面から向き合わなければならなくなるんだけど、その覚悟はあるんだろうか?

「百人斬り」のエピソードに含まれている「真実」にすら耐えられない人達にそれは望めないだろうな。

プロパガンダ?

南京大虐殺で中国政府が主張する30万人説はプロパガンダであり、このような誇張をする相手は信用できない、という主張は、虐殺があった事を認めている人であっても受け入れてる事が多い様に見える。
だが、この「30万人説は中国のプロパガンダである」という告発は、ほとんどの場合その根拠として示された「事実」が否定派によって捏造されたデタラメである。

よくあるパターンとしては、
・年々犠牲者数が増えている。
・東京裁判までは全く知られていなかった。
・原爆という戦争犯罪から目を逸らすために30万という数字をでっち上げた。
・20万人しかいなかったのに30万人も殺せるはずがない。
・中国は民間人を30万人殺したと主張している。

上記の例は全てとっくに嘘だとばれている。これは「どっちもどっち」で済ませられる事ではない。相手が嘘をついていると言う主張が嘘と捏造によって構築されているのだから、その主張自体疑ってかからないとおかしいだろう。だが、否定論については否定しながら「30万人説は事実を歪曲したプロパガンダ」と言う結論の方は受け入れてしまう人が中立を自称するのはなんでだろうね。

「じゃあお前は30万人説をどう考えているんだ、中国の主張をそのまま認めるのか?」って言われそうだけど、それについてはまた別途。

ラブソングができるまで

 以前にiTunesStoreでレンタルしたけど、気に入ったのでもう一度見たくなって購入してしまった。ヒュー・グラントとドリュー・バリモア主演のラブコメ映画。
 主人公のアレックスは80年代一世を風靡したバンド”PoP”の一員だったが、今ではすっかり過去の人。遊園地やクラブでかつてのファンを相手に、昔の持ち歌を歌って暮らしていた。が、そんな彼にカリスマ的な人気を誇る歌姫コーラから新曲を作ってほしいとオファーが舞い込んできた。
 作曲はできるが、作詞はからっきしのアレックスだったが、たまたま代理でやってきた植木係のソフィーに作詞の才能を見いだす。なぜか尻込みする彼女をなんとか説得し、二人で曲作りを始める……。

 ストーリーは王道というか、ベタなラブコメなのだけど、どうも音楽ネタだと私は評価が甘くなるらしい。コーラからの依頼を受けてアレックスとソフィーの作る曲「Way Back Into Love」がちゃんと全体のテーマになっていて、ラストでこの曲がかかってハッピーエンドだから、とてもおさまりがいいんだよね。それと、架空のバンドPoPの曲がいかにも80年代風で、聞いていてついニヤついてしまう。
 
 日本語タイトルもそんなに悪くないんだけど、原題の”Music and Lyrics"がとても良い(でも原題のままってわけにもいかないんだろうろいうのはわかる)。中で、”メロディと歌詞が一緒になって魔法が生まれる”って台詞があるんだけど、これちょうど二人の関係も表している。

 登場人物はそれほど多くないけれど、主役の二人以外だとソフィーのお姉さんがいいな。アレックスの大ファンで、昔おっかけやってたということで、最初はミーハーな感じなんだけど、ちゃんと大人の女性としてソフィーにアドバイスしてあげたり。それから、歌姫コーラは最初に見たときと二回目見返したときには印象が変わった。

 二時間弱でちょっといい気分になれるので、結構おすすめである。
 

「百人斬り競争」の「事実」

 産經新聞のこちらの記事が話題になっている。「ただしソースは産経」といういつものパターンで判決文を都合のいいようにトリミングしてるプロパガンダ記事なんだが、ブックマークコメントを見ていると、記事そのものは真に受けていないものの、どこが問題がわかっていない人が多いようだ。なので、ちょっと整理してみよう。

(1)新聞記事について
 「百人斬り競争」を報じた記事は戦意高揚を目的としたプロパガンダ記事である。内容には脚色が入っており、この記事に書かれたことがそのまま「事実」として起きたわけではない。産經新聞をはじめとした「これは事実ではない」という主張はここに立脚している。
 だか、彼らが見ようとしていないもう一つの事実は、「殺人の人数をゲームのスコアのように扱い、多く殺した人間を英雄視する」ということが行われていた、ということだ。これは他にも同様の報道があったこと、軍がこれらの記事が書かれることを全く問題としていなかったことからもわかる。

(2)「戦果」の実態
 さて、記事では「白兵戦闘の戦果」として報じられた「百人斬り競争」であるが、実際は戦闘での話ではなく、捕虜に対する据え物切りであった、ということが後に本人たち自身の口から語られる。彼らが軍事裁判で裁かれたのはこちらの罪の方だ。ゲームにたとえるならスコアをあげるためにイカサマをしてたことになる。故に新聞記事が虚偽であることをいくら主張しても、彼らの罪が無くなるわけではない。

 さて、以上をふまえた上で、件の教師の話をもう一度読み直してみよう。
「日本は中国に攻め入って、たくさんの中国人を殺しました」
「戦争になったら、相手国の人をたくさん殺せば殺すほど勲章がもらえてたたえられるんです」
「だから殺されたのは兵士だけでなく、一般のお年寄りや女性、子供たちもです」

話は単純化されているが、「百人斬り競争」は二つ目の根拠になるのだから、別に間違えているわけではない。この場合、殺したのは捕虜だけど、実際には民間人に対する殺害や略奪、強姦も起きている。「日本軍を誇大に悪く描く」なんてことはしてないだろう。
だいたい、当時の中国戦線における日本軍の所行は、実態を知った同時代の日本人ですら批判しているんだが、産經新聞の倫理観というのは70年前の人間にも劣るのか?